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エール4-5

「伊藤はまだ落ち着いていなかったから、とりあえず帰した。保科に礼を言いたそうだったが明日言えばいいと伝えておいた」  低い声で淡々と可南が告げる。密紀は伊藤が無事だったことに安堵した。そしてもう一度深々と先輩たちに頭を下げた。 「ご心配かけてすみませんでした」  何だか大事になってしまった気がして、密紀の語尾が震えた。 「謝るようなこと、お前はしてない」  真正面から返って来た水野の言葉に密紀が顔を上げる。他の団員たちも真っ直ぐ密紀を見ている。 「応援団がどうこうって言うより、お前は人として正しい行動をした」 「勇気を持ってね」  団長と副団長の言葉。密紀の胸が熱くなって鼻の奥がツンとした。泣きそうだ。 「…俺」  密紀は隣に立つ千秋を見上げる。何か話そうとしている密紀の表情に、千秋が頷く。密紀が小さく息を吐いた。 「俺、自分があんなこと出来るなんて思ってなかったです」 「うん…」  相槌を打ったのは千秋。 「ほんの数日だったけど、ほんの数日なのに、そういう心を教えてもらって…」  密紀は両手の拳をギュッと握った。 「だけど…純粋に伊藤を助けたいとかじゃなくて、応援団なら…先輩たちならきっとそうするだろうなって思ったのが先で…」 「うん」 「千秋先輩なら、きっと…」  これ以上喋ると本当に泣いてしまいそうで、密紀はきゅっと唇を結んだ。

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