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エール5-13
「でもな」
「はい…」
千秋がすっと背筋を伸ばした。茶色がかった髪が風で揺れる。木漏れ日を浴びて立つ姿がとても綺麗だと密紀は思う。
「沢山の見学者の中に一人だけ、ずっと俺だけ見てる奴がいたんだ」
密紀の心臓がトクンと鳴った。
それは自分にも覚えのある風景。
「こんなに下手くそなエールを、目を輝かせてじっと見てくれてる。他の先輩たちじゃない、俺だけを見てくれてる」
「…先輩」
「嬉しかった…」
千秋が笑う。それはとても、今まで見たことのないような優しい表情だった。ともすれば、泣いてしまうのではないかというような、そんな表情。
「ああ、こいつにだけでも、俺のエールは届いてるんだって思えて…逆に俺の方が励まされたんだ」
感動して目を潤ませながら、ずっと自分だけを見ていてくれた少年。
「覚えてたよ、保科のこと」
密紀の中に、あの日の千秋の姿が蘇る。他の誰でもない千秋に惹かれたのは、千秋が不安と戦いながら、一生懸命だったからなのだ。内面から溢れるそれに、自分は気付けたのだという思いが、密紀の胸を満たした。
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