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エール6-4
「フレー、フレー、保科!」
密紀が目を見開く。水野の腹から出る声はよく響き、耳だけではなく身体全体に入ってくる。声を浴びているという感覚。
三人の先輩も後ろで手を組むと足を肩幅に広げて立った。やや背中が仰け反り、水野に続いて声を発する。
「フレ、フレ、保科!」
聖院学園応援団が、たった一人の為に送るエール。
体育館の方が少し騒つく。今のエールが聞こえていたのだろう。タブレットに何事かと聞くメセージが浮かんだが誰も答えなかった。
手を下ろすと、水野がいつものようにニッと笑った。
「聖院学園応援団フルメンバーがフル装備でエール送ったんだ、絶対出来る保科!」
密紀に親指を立てて見せると、
「おっしゃ野郎ども、行くぞ!」
赤い裏地の長ランを翻しドアを抜ける。他の団員も密紀に微笑んでドアに向かう。
密紀の強張っていた身体から力が抜ける。地面に張り付いているのかと思った両足に軽さを感じた。
心臓はまだバクバクと鳴っている。でも、きっと出来る、自分に言い聞かせる。
後ろで肩にずっと手を置いていた千秋が「もう大丈夫だな」と言うように優しく一度叩いた。そして、その唇を密紀の耳元に寄せる。いつも、勇気を無くしそうな時に包まれてきた千秋の匂いが密紀に届く。
「ガンバレ、密紀」
甘く掠れるような、ひどく優しい声。
「千秋先輩…」
見上げると、包み込むような優しい目で自分を見つめる千秋と目が合った。
密紀が頷く。
密紀にはその囁くようなエールが一番効いた。そして、初めて呼び捨てにされたことも。
大好きな先輩と、尊敬する応援団からのエール。密紀は千秋に促され舞台に向かった。
不安から来る緊張感は、いつの間にか高揚へと変わっていた。
密紀はスポットライトが光る舞台へ、聖院学園応援団として踏み出した。
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