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第2話 たまたまが重なった奇跡みたいな

「あのさ、ジェイル、おまえ魔法で指輪作れない?」  寮の方向へ、土の上を歩きながらいったとたん、ジェイルの肩がぴくっと揺れた。あ、まずった。俺はいそいで先を話をつづけた。 「もちろん簡単なやつだよ。さっきのカワウソみたいに、はりぼてでいいから本物みたいな指輪を作れないかなって……ずっと使えるものでなくていいんだ。ちょっとのあいだ貸してくれるだけで」 「指輪」ジェイルがくりかえした。 「むかしさ、ほら、ガキの頃だけど、おまえ折り紙の指輪作っただろう? あれにちょいと魔法をかけたら立派な指輪に見えるよな」 「なぜ」  怒っているみたいにぶっきらぼうな口調だが、ジェイルは口数が少ないから会話はいつもこんな調子だ。俺は気にせずに説明することにした。 「何か月か前にこの複合体にきた花弁魔法師がさ……その、面倒くさくて」  ジェイルの眉がビクッとあがった。 「そいつ、めちゃくちゃたくさん注文かけるから上司は喜んでるけど、配達を必ず俺にしろっていうんだよ。で、ちょっとまえから食事に行こうとか、休日に誘われたりとかしてて、ずっと断ってるんだけどさ、今日なんか、花屋は花弁魔法師と結婚するべきだとか、そんな話まではじめてさ、冗談なんだろうけどやりにくくて」  ジェイルが低い声でいった。 「ナギ、誰にも相談していないのか」 「……花弁魔法師って花屋にとってはお得意さんだろ? そいつ、毎回高額の注文出すんだ。上司はそいつが俺のこと気に入ってるの喜んでる」  上に相談できなかった理由がこれだ。  相談しても、相手が魔法師だって聞くと相手にしてもらえないんじゃないかって思ったのもある。なんたって魔法生産複合体では魔法師がいちばん偉い。そうそう、下請け業者じゃなくて、もっと上に住んでる魔法生産複合体の職員のなかには、魔法師と接点つくりたくて就職したって連中もけっこういる。魔法師と結婚したらてっぺんのきれいな泡に住めるからね。  だから下請け業者の花屋が花弁魔法師に口説かれて困ってるなんて、ふつうに相談してもきっと本気にされない。なんで玉の輿を逃すんだとかいわれて終わりにされそう。  でもさ、ひとには好みってものがあるし、俺はその花弁魔法師がちっとも好きじゃない。実はその魔法師、容姿はかなりいい。それに高そうな服をばっちり着こなしてるし、外見に気をつかってるという意味ではジェイルよりもイケメンかもしれない。この魔法生産複合体に来てまだ三カ月なのに、職員の中にはファンみたいな人もいて、配達に行った時に「気に入られていて羨ましい」と直接いわれたこともある。  でも俺にとってはジェイルの方がぜんぜんイケてるし、そいつがかもしだしている、俺に好かれて当然みたいな態度が最初から好きじゃなかった。俺が花屋だから絶対断らないって決めつけてる雰囲気も嫌だし、隙あらば触ろうとするのも嫌だ。それに最近は配達のたびに、きみを泥の中から助けてやりたい的なことをいわれるからうんざりしてる。花屋なんて魔法師の材料作ってるだけかもしれないし、たしかに生活のためにやってる仕事ではあるけど、それだけじゃないんだ。  でもここで俺が邪険にして、変にへそを曲げられてクレームつけたりされても困るし、だから適当に――適当にあしらおうとするんだが、そのたびに照れてるんだろうとか、勝手に決めつけてニヤニヤするんだ。ほんとにらちがあかなかった。 「じっさい、穏便に断らないと俺もあとで職場で気まずいっていうか、居づらくなっちゃうだろ。それで考えたんだけど、俺につきあってる人がいるってことにすればいいんじゃないかと思って――」 「まさか?」ジェイルがつぶやいた。 「ああ、いや、おまえに恋人のふりしてもらいたいとか、そんなのじゃないよ。あたりまえだろ? そうじゃなくて、結婚の約束をしてるってわかるものをみせてやれば納得しないかなって……それで、おまえならさっきのカワウソみたいに、本物に見える指輪が作れるんじゃないかと思ったんだ」  しゃべっているうちに恥ずかしくなってきた。どうしてよりによってジェイルにこんなこと頼まなくちゃいけないんだ。でも、ぱっとみただけでわかるくらいまともな指輪を用意するなんて、俺にはとてもそんな金銭的余裕はない。 「その魔法師を説得したらすぐ返すよ。だめ……かな」  俺はそっとジェイルをみあげた。もう寮のすぐ近くまで来ていた。 「ナギ、そのくらいなんでもない」  ジェイルの返事をきいたとたん、ほっとして心臓がばくばくいった。 「ほんとか?」 「ああ、いくらでも作ってやる」 「一個でいいよ。ありがとう! おまえが友だちでほんと嬉しいよ」  本音だった。なにしろジェイルに再会して俺と友だちでいるのは、たまたまが重なった奇跡みたいなもんだから。俺の寮はすぐそこだった。ジェイルは遠回りして研究室に戻らなきゃいけない。ちょっと申し訳ない気分になったけど、俺はすごく嬉しかった。手をぶんぶん振って別れた。

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