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第3話 しわくちゃでよれよれになった

「ナギ、配達ご指名」  翌日の午後同僚に伝票を渡された。また例の花弁魔法師かと思ってへこみそうになったのも一瞬で、注文者を見ると元気が出た。ジェイルだ。昨日の今日だから偶然だとは思えない。俺はいそいそと花を用意して出た。ジェイルの研究室は魔法師の泡のなかでもすごくいい場所にあって、そこに行く途中もめちゃくちゃ眺めがいい。透明な泡の外は青い空に囲まれていて、雲の上を歩いているみたいな気分になる。  ノックして出てきたのは見覚えのある助手さんだった。たしか一年前に配達にきたときもこの人に会ったと思う。 「ナギさんだ!」俺の顔をみるなり大声でいうからちょっとびびった。奥のドアがパッとひらいてジェイルの顔がのぞいた。「こっちへ」と手招きするから、俺は助手さんに花の箱を渡す。この人どうも挙動不審だけど、俺そんなに変な顔してるんだろうか。  ジェイルの前のテーブルには小さな箱が三つ並んでいた。 「ナギ、昨日の」 「え、まさかもうできたの?」  俺はびっくりした――てっきり、今日の花の注文は指輪を作るのに必要なのかと思っていたんだ。もちろんジェイルは紙ナプキンに魔法をかけてカワウソにできるけど、指輪は金属だし、折り紙を魔法で実体化するのは硬いもののほうが大変らしい。 「好きなものを選んでくれ」といいながらジェイルがひとつずつ箱をあけた。 「うわっ、すごいな」  俺は思わず声をあげてしまった。最初の箱から出てきたのは黄金色の指輪で、真ん中に濃い緑色の大きな石が嵌っていて、そのまわりを淡い緑色のちっちゃな石が囲んでいる。 「あ、あのさ、触っていい?」 「もちろん」  俺はそうっと指輪の輪っかのところにさわり、石を支えている爪にもさわった。ほんものそっくりだ。 「すごいけど、でもこんな大きな石がついたの、俺がつけてたら変だよ」 「そんなことない」  なぜかムッとした顔でジェイルがいったけど、とにかく次の箱をあけてもらう。これもすごい指輪だ。白金色で、小さな四角い青石が輪を半周くらい覆っている。小さいのに石はひとつひとつチカチカ光って、すごくきれいだ。 「きれいだけど、こんなキラキラしてるの、俺には似合わないかなあ」 「……」  ジェイルは何もいわなかった。そのまま最後の箱をあける。あらわれたのは銀の指輪で、石は嵌っておらず、表面に筋雲のような線が走っていた。みつめると雲が動いて、吸いこまれそうな気がする。俺の手も吸い寄せられるみたいに動いて、指輪の表面に触っていた。なめらかで、金属なのにちょっと暖かかった。 「気に入った?」とジェイルがたずねた。俺は我に返った。 「あ、うん。これがいいな……」  手をひっこめて、また指輪をながめる。つやつやした表面を眺めていると、ふいにある情景が思い浮かんで、俺はクスっと笑った。 「ナギ?」 「孤児院でさ、おまえの折り紙をこうやって試したことあったな。しわくちゃのやつ」  ジェイルの顔からすっと表情が消えた。あれ? 俺なんか、まずいこといった? 「いやほら、魔法じゃなくてふつうの折り紙だよ、折り紙の指輪。それが今は魔法でこんなになるんだなぁ」  あわててつけくわえたけど、たしかにそんなことがあったはず。孤児院の先生よりきれいに折り紙できるジェイルが、この時は失敗したんだ。しわくちゃでよれよれになった指輪を押しつけてくるから、こんなのいらないって返さなかったっけ。  ジェイルはほんとにすごいんだなぁ。今は何でも折り紙で作れるんだ。高次元幾何魔法で作られた物体は、基本的に作った魔法師が魔法を解くまで機能する。ただ堅牢さは魔法師の腕や方法や素材で変わるらしい。この指輪はどのくらい保つのだろう。 「ジェイル、ほんとにこれ使っていいのか?」  俺はあらためてたずねた。 「ああ。でも条件がある」 「条件?」  俺はどきりとした。ジェイルの目つきは真剣だった。すごいことをいわれたらどうしよう。 「その……もし費用がかかるのだったら、たぶん一度じゃ無理だから、分割で払うよ」 「そんなのじゃない」ジェイルの目尻がちょっとだけゆるんだ。 「ナギはこの指輪、ずっとつけてて」  え? 「ずっと?」俺は聞き返した。 「いつも」 「いつもって――仕事中も? 寝る時も?」  寝る時も、は冗談のつもりだったけど、ジェイルは真顔でうなずいた。 「そう」 「でも俺、花屋だぜ。水仕事多いし、土にも触るし、こんなきれいな指輪、ずっとつけてたら汚れそうだし、傷とかついたら……」 「防護をかけているから大丈夫だ。はめたまま手も洗える」  ジェイルは冷静にいった。指輪をずっとはめていることがどうして「条件」になるのか、俺はちょっと不思議だったけど、わざわざこうして用意してくれたものを断る理由にはならない。 「そんなことでいいなら……たしかに、いつ例の魔法師に出くわすかわかんないから、しばらくのあいだはいつもはめておく方がいいとは思ってた」 「そうだ。外したら忘れるかもしれない」 「忘れないって!」  俺はそんなにおっちょこちょいじゃない――そういいかけて、これはジェイル流の冗談だって気づいた。ジェイルはニコッと笑った。 「ついでに他のふたつも持って帰って」  緑と青の石の指輪がずいっと突き出される。俺はあわてて首を振った。 「え? いいよ! 他のは……豪華すぎて俺には似合わないし」 「ナギには何でも似合う。それにもとは折り紙だ」 「魔法の折り紙だろ!」  思わず声を大きくして叫んでから、なぜかおかしくなって、俺は笑った。ジェイルも笑った。さっきからのちょっと変な、真剣すぎる雰囲気が消えて、俺たちは食堂で飯を食ってるときみたいに目をあわせた。ジェイルは俺が選んだ指輪を箱から取り出した。 「手を出して」  あらためて眺めると、指輪はどちらかというとジェイルの細くて長い指の方が似合う気がした。俺の手は掻き傷だらけだし、指先もガサガサだ。じっと見られると恥ずかしくて、顔が赤くなる。ジェイルは俺の左手をとって、くすり指に銀の指輪をはめた。ぴったりだった。指のつけねに輪があたる感触がきもちよくて、くるくる回したくなる。 「ナギがつけているかぎり、この指輪は折り紙に戻らない」  ジェイルはささやいた。なんだか魔法の呪文みたいだと思ったけど、俺はうなずいた。 「わかった」

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