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夢の中で

夢の中で懐かしい人と話す  気づけば龍藍は10年を過ごしたあの別邸にいた。先程血を吐いて倒れたばかりだ。どうして此処に……。龍藍が辺りを散策しようと立ち上がった時、背後から気配を感じ取った。 「おや、夕霧。どうして此処にいるのですか」  振り返ると、三十路の割には年若い男が立っている。青い髪を風に揺らし、優しい色の青い瞳。龍藍は目を見張った。 「父上……眠りに就かれている筈では」 「そうですよ。眠りについている間、ずっと此処でぼんやりと過ごしています。もしかして夕霧、大怪我でもして龍神様の神域で眠っているのですか?」  血を吐いた後の記憶など無いので分からない。でも片眼を抉られ生死をさ迷った時は、龍神様の宮で身体を治癒したので、神域で眠っている可能性は高い。 「多分そうかもしれません。……母上の血の力を使ってしまったので」    すると父上の顔が青ざめた。僕は幼い頃よく霊力が抑えられなくて熱を出していたので、父上が心配するのも無理もない。龍藍は罪悪感を覚えていた。 「君という子が力をひけらかすとも思えません。どうして使ったのですか」 「…………使わなければ、目の前にいた人達を救えなかったからです。それでも軽率な行動を取ってしまったことは自覚があります。銀雪が凄く怒ってましたし」  黙って聞いていた父上は、銀雪の名を聞いて苦笑する。 「銀雪が怒るのは私のせいですね。私が銀雪の想いを裏切ってしまったから、銀雪は君を喪いたくないんですよ」  父上が一瞬だけ泣きそうな顔に見えたのは気のせいだろうか。父上の顔を見ようとしたが、父上は僕を抱き締めたので顔が見えない。 「……夕霧。私が言うのも何ですが、誰かの為に自分を蔑ろにしては駄目です」  父上の手が震えている。余程心配をさせてしまったのだろうか。夕霧は背丈の変わらぬ父の腕の中で目を閉じて考えた。 「でも父上。僕は自分を蔑ろにしたつもりはないんです。ただ自分がしたいからやってしまったんです」  背に触れていた指がピクリと動く。蔑ろにするなと言われても、蔑ろにした自覚は無いのだ。結果として血を吐いて意識を失ってしまったが。 「…………そういう所は私に似てしまったんですね。でも、今後は自分の身体を大切になさい。私たちに足りないのは『我が身かわいさ』という概念なのですから。さもないと大切な人達を悲しませてしまいますよ」 「はい。分かりました」  父上はぽんぽんと私の背を叩くと、抱き締めるのをやめた。目の前にいる父上は優しく微笑む。父上の最期は知らない。その事で誰が味方で誰が敵か分からなくなっているのだ。聞くなら今しかない。龍藍は一つ息を大きく吸った。 「父上。叔父上は……紅原が父上を殺したと言っておりました。叔父上が父上に掛けられた紅原の洗脳を解こうとしたから紅原が貴方を殺したと。……本当なのですか」  父上は大きく目を見開く。真実を知るのは怖い。だけども真実を知らぬまま、刃を向けるのは嫌だ。龍藍は父の返答を待った。 「あの子はそんなことを……。秋也……いや、紅原にとどめを刺されたのは本当ですよ。ですがそれ以外はあの子の嘘です」  やはり日記に遺していたのは真だったのか。紅原殿が急に心変わりをした可能性など紅原殿への疑心がいつの間にか再び芽生えていたのだ。龍藍は疑心が杞憂であったことに安堵した。 「父上、どうして紅原殿は父上を殺めたのですか」  父上は気まずそうに目を伏せる。殺められた側がそんな顔をするとはどういうことがあったのだろうか。暫しの沈黙の後、父上は口を開いた。 「介錯を頼んだのは私です。そうでもしないと、あの人は虫の息の私を助けるために簡単に命を投げ出してしまいそうだったから。……でも私は親友に酷いことをしてしまいました」  父上の手がわなわなと震える。痛々しい父上の姿を見たくない僕はそっと父上の手に己の手を重ねた。  紅原殿が父上を見つけた時に虫の息であったということは父上を瀕死にしたのは別にいるということ。それだけでも分かってよかった。これ以上聞いてしまっては父上の心の傷に塩を塗ることになりそうだ。 「ということは父上を死に追いやったのは紅原殿ではないのですね。それだけでも知れて良かったです。……父上、今は穏やかに眠っておられたのに酷いことを聞いてしまってすみません」 「いいえ。私がろくに説明もせずに眠りに落ちたのが悪かったのです。これまで辛い思いをさせてしまったようですね。駄目な父で申し訳ございません」  父上が頭を下げたので慌てて首を横に振った。 「いいえ。父上は今でも自慢の父です。ですから仇を取りたいという気持ちはまだあります」 「仇討ちはお止めなさい。それに……私を死に追いやった者は既に私が殺めました。それに彼と手を組んだであろう薄氷も亡くなったのでしょう。日記にも書いたように貴方は幸せに生きなさい」  幸せにと言われても、僕は自分の幸せが分からない。自分にとっての幸せは父上や銀雪、母上と暮らしていた時間。そして母上がいなくなった後の楓と過ごしたほんの一時の時間であったのだから。 「楓殿がいないこの世で、どう幸せに生きれば良いのでしょう。龍神様は、とりあえず百年は自分の思うままに生きなさいと仰いました。それでも自分らしさなど分からないです」  叔父上からは紅原を一族郎党死ぬように追い詰めろと言われた。また亡くなる前には翠雨を守れと。生きる意味が分からない今は、周りの人が不幸にならない選択を臆病に選んでいるだけである。 「私も両親を喪った時、生きる意味も分からないまま生きていました。そんな時に銀雪が傍にいてくれた。愛しい者のお陰で生きられたのです。だから夕霧」  父上はぎゅっと僕を抱き締める。その温もりは夢の中というのに泣きたくなるほど暖かい。 「貴方を愛してくれる者を探しなさい。難しいことかもしれません。それでも貴方を愛する者は母上や銀雪、私以外にきっといるはずです。愛しい夕霧。もう行きなさい。銀雪達が君が目覚めるのを待っていますよ」  もう別れなければいけないのか。次に会える日など分からないのに。夕霧は無言で涙を流す。だけど言われた通り起きなきゃ。銀雪と綾人殿が待っている。 「父上……」 「さようなら。我が愛する子」  龍藍が小さく父を呼ぶと、抱き締めている零月の感触がふつりと消えた。  目を開けると、2つの人影が頭上にある。 「龍藍」 「龍藍殿、聞こえますか」  懐かしい声と、いつの間にか聞きなれた男の声。二人とも心配そうに此方を見下ろしている。龍藍は二人の姿を視界に入れると、涙が溢れだした。 「銀雪、綾人殿……ごめんなさい」  止めどなく流れる龍藍の涙を銀雪の指がそっと掬う。その指の温かさに龍藍は胸が痛くなった。  目の周りが赤くなるまで泣いてしまったようで、泣き終えた時には目がヒリヒリとする。 「龍藍殿、手拭いを濡らしてきましたのでどうぞ」 「綾人殿、ありがとうございます」  ひんやりと冷たい手拭いを目に当てると、心地よい冷たさに包まれる。そこでようやく片眼を被っていた包帯が無くなっていることに気づいた。銀雪が外したのだろうか。 「龍藍殿、此方をどうぞ」  綾人殿から差し出されたのは白く細い帯状の………包帯。龍藍は思わず片方の顔を隠した。首元を確認すると、呪具が無い。 「………どうして、この姿を見て平然としていられるのです」  龍藍は感情の無い声で問い掛ける。片方の顔は片眼を抉られる際に、親友の刃に込められていた神の火行の神気のせいで醜く爛れている。親友の心に永久に消えぬ傷を刻んだ己の罪の証。今まで銀雪にも見せたことが無かったというのに、それを綾人に見られたことで龍藍の胸の内にどす黒い澱みが沸き出でた。  そんな殺意にも似た龍藍の視線を綾人はただ受け止めていた。 「顔の包帯のことですよね。貴方の包帯が血で汚れていたから一旦剥がしました。それと呪具は呪が綻んでいたから霊力が安定したのを確認して取ったのですが」 「そういうことではありません! 普通の人と違う私のこの外見を見て何故そう普通にしていられるのです!」  龍藍は自分の態度が相手に失礼だと分かっていながら声を荒げてしまう。目も合わせてくれないならまだいい。それどころか、何事も無かったように綾人殿は僕を見ているのだ。龍藍は信じられなくて顔を背けた。 「銀雪も何でこんな醜い顔を見て平然と僕の顔を見られたんだよ。こんな顔……」  父上と瓜二つと言われた顔。そんな顔に僕は傷をつけたのだ。銀雪は父上を愛していたのだから見たくないと思って当然だ。なのに視界の端の銀雪は首を横に振った。 「貴方を醜いと思っていないからですよ。銀雪殿も俺も」  銀雪が口を開きかけた時、代わりに答えたのは綾人殿であった。銀雪はキッと綾人殿を睨んでから僕を見る。 「何度も言っただろう。お前は俺の子も同然だと。それに顔が少々爛れていようがお前本来の美しさは損なわれぬ。……それに、そこの陰陽師はお前の姿を見ても寝る間も惜しんでお前の様子を見に来てた。少しでも霊力が乱れれば祈祷をして鎮めたりとかな。俺はそこの陰陽師殿のことは気にくわないが、お前を助けて貰った恩がある。…………おい、さっさと打ち明けて砕けてしまえ」  銀雪が綾人殿の背中を押すと、綾人殿は崩れるように前に出た。砕けてしまえとはどういうことだ。龍藍は恐る恐る綾人の方を見た。 「痛っ………! この馬鹿力が! ……あの、龍藍殿。俺は貴方に惚れてしまったんです。貴方の素顔を見てもこの想いが消えないと言いますか。俺……は……貴方が好きなんです……!! 笛を吹いていらしたあの夜に心を奪われたです!」 「…………何ですって?」  僕のことが好きだと? 龍藍は綾人の告白に頭が真っ白になった。

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