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告白前夜
この恋が実らなくても
時は遡り、龍神の神域に来て二日目のこと。綾人は龍藍が目覚めてから告白することを決意していた。この恋が実らなくてもいい。友人でもいいから傍にいさせてほしい。その前に、銀雪に事前に龍藍殿に告白をすることを伝えておかなくては殺されかねない。そう思い立った綾人は刀の手入れをしている銀雪に龍藍に告白するつもりであると伝える。
「……っ貴様、ふざけるな_____っ!!」
と、龍藍殿に投げ飛ばされた御先祖様のように宙に投げ飛ばされた。手にしていた刀で首を切られなかっただけでもましである。綾人は何とか受け身を取ると、立ち上がった。
「龍藍を助けてくれたことは礼を言おう。しかしそれとこれとは別だ!! 龍藍のことが好きだと? あいつのことを化物と言ったくせに何をほざいている!」
「……化物と言ったのはいまだに反省しているしもう言わない。だが、俺は龍藍殿の本来の姿に惚れたんだよ! 悪いか!」
「悪いに決まっているだろうが!! 俺はあいつの親も同然。俺の目が黒い内は近づけさせぬ」
「銀雪殿の目は金色ではないか」
つい言ってしまうと、銀雪は恐ろしい顔で俺を見下ろした。
「今はそんなことを言っているのではない。お前が10年も孤独で生きてきたあいつを幸せに出来るとは思えない。分かったらさっさと諦めろ」
誰かを幸せに出来るかなど分からない。10年の孤独を癒せるとも思えない。だけども首を縦に振ることは出来なかった。
「俺だって出来るか分からないよ。それでも、俺は龍藍殿の為なら命を賭しても惜しくない。今では龍藍殿を見る度に胸が苦しくて、頬が熱くて……」
自分は何を言っているのか。頭ではそう思いつつも紡ぐ言葉が止まらない。耳まで真っ赤にして龍藍への想いをつらつらと口にする綾人を銀雪はじっと見ていた。
「……お前、龍藍の包帯の下を見たのに言っているのか」
「……? そんなこと関係あるのか?」
銀雪は軽く目を見開く。綾人は龍藍の包帯を剥がした時、嫌な顔ひとつせず龍藍の傷の跡が少しでも癒えるようにと手を翳して何やら呪を紡いでいた。
外見に惚れたくせに、包帯の下のあの傷跡を見ても臆しなかった。この面は龍藍の傍にいる資格があるにはありそうだが……。銀雪は腕を組んで綾人を見つめた。
「……本当に龍藍が好きなんだな? 撤回しないだろうな……?」
「撤回などするか。陰陽師は言霊を重んじるようにと胸に刻まれている。……だから龍藍殿に言ってしまった暴言は謝っても謝りきれないのだけど」
しゅんと落ち込む綾人を見据える銀雪の苛立ったように揺れていた尾が止まる。銀雪は綾人を睨んだ。本来、龍藍……いや夕霧と相思相愛だったのは秋也の娘である楓である。だが既に楓は亡くなっている上、龍藍はあくまでも翠雨を蒼宮の当主としたいそうなので、見合いなどするつもりなど無いだろう。
それに龍藍はこいつの為に自分の命を投げ出すような真似をした。もしかして龍藍が綾人のことを好きになる可能性があるかもしれない。そうなった時、俺はそれを止める資格があるのか。悩みに悩んだ末、銀雪は大きくため息をついた。
「………想いを伝える事ぐらいは認めてやろう。ただあいつが拒めば俺は龍藍の意思を尊重する。当たって砕けてしまえばいい」
銀雪はぽつりと呟くと刀の手入れを再開した。綾人は一礼すると自分の寝床に戻っていく。綾人を無言で見送った銀雪は刀に視線を戻す。欠けること無く磨き上げられた刀。その表面に一瞬、愛した者の顔が見えた気がする。銀雪は驚いて振り返ったが、後ろには誰もいない。
「なあ氷雨。お前ならどう言うんだ」
銀雪は泣きそうな顔で笑う。その問いに答える者は深い眠りにいると知っている。それなのに、何故だか愛しい君が傍に寄り添っている気がした。
そして現在、告白を受けた龍藍は白磁の如き白い頬を薄紅色に染めて綾人を凝視していた。龍藍は10年もの間幽閉生活を送っていたせいで家族以外の者にこのような好意を向けられるのは久しぶりの経験。嫌悪されるどころかこんな自分のことを好きだと言ってきたのだ。龍藍は助けを求めるように銀雪を見るが、銀雪は自分で考えろと視線を返す。
驚愕のあまりに考えが纏まらず、龍藍は目元を手で覆う。綾人殿と視線を合わせては彼の好意への返答が考えられない。どう答えるのがいいのか。綾人殿は嫌いではない。咄嗟に助けたのも事実。だがこれが父上と銀雪の間にあった感情とは別物である。だけども……どうしてか彼の好意を断るのを惜しいという自分がいる。蒼宮家の為という訳ではない。自分自身の直感が断りたくないと告げているのだ。
「…………綾人殿、申し訳ございませんが考える時間をください。僕は……その……そういう経験が無いのです。貴方への感情を整理できないでいます。こんなこと……初めてで……ああ、僕はどうしたんだろう」
誰かへの「好き」という気持ちは、幼い頃に抱いて失ったので分かるはずだ。「好き」という感情は少しだけ恥ずかしくても相手に言えていた。では今の感情は何だろうか。
龍藍はしどろもどろになりながら、自分の気持ちを伝えた。綾人は龍藍の霊力から読み取れる感情が悪いものでないことに安堵する。落ち着け俺。時間などいくら経っても良いと思わねば。
「分かりました。数年経っても良いのです。俺は貴方の返答を待っています。ですが、代わりに今は友人になって頂けませんか」
友人でも良いのかと龍藍は拍子抜けた顔をする。それくらいなら構わないか。
「ええ、では綾人殿。これから友としてよろしくお願いします」
綾人は照れた顔をしておずおずと手を差し出すと、龍藍は素顔を見られた時の反応が嘘かのように優しく微笑んでそっと綾人の手を掴んだ。
その夜……といっても神域と外界では多少時間は違うのだが、龍藍は銀雪の部屋の傍の縁側に腰掛けていた。
「銀雪……すぐに返答しなくて良かったのかな……」
「綾人のことか?」
龍藍が頷くと銀雪は龍藍の隣に座った。
「別にいいだろ。あいつも数年経っても構わないと言っていたしな。普通そこは『何年経っても構わん』と言えばいいのに心の狭い男だ」
銀雪は呆れたように笑う。私としては答えを性急に求められないだけでもありがたいのだが。だが……あの言葉への返答が数年後も思いつかないままになりそうな気がしてくる。
「銀雪、いつから父上と恋仲になったの?」
銀雪は思いがけない質問に軽く目を見開いた。
「俺か? お前の父と恋仲になったのはあいつが江戸から出てもうすぐ一年経つくらいの頃だな。ちなみにあいつから俺に想いを告げてきた」
「父上から?」
信じられないと龍藍は銀雪を見る。あの父から想いを告げたとは想像し難い。……いや、意外と父上は強情な人だからあり得るのか? 首を傾げる龍藍を見て、銀雪はにまにまと笑みを作る。
「そうだぜ。あの時はびっくりしたなあ。いきなり茶屋……いや、あいつに想いを告げられてな。俺も隠していた想いを告げて恋仲となった」
途中から何かを濁すように目を泳がせる銀雪。どうしたのかと疑問に思いつつも二人の関係の経緯を聞く。その内に、今まで秘めていた問いが口を突いて出た。
「ねえ……銀雪。父上と恋仲だったなら、母上と私は邪魔じゃなかった……?」
本当は二人っきりが良かったのかもしれない。私のせいで父が死んだのかもしれない。目を伏せる龍藍の頭を銀雪がわしゃわしゃと撫でた。
「馬鹿。翡翠もお前も俺にとっては大切な家族だ。じゃなきゃ此処にいねえよ。……だから、もし翡翠が戻ってきたらみんなで花見でもしよう。あの龍神のことだ。その時ばかりは、眠っている氷雨を起こして花見をさせてくれるさ」
母上がいなくなった時に父と交わした約束。それを覚えていてくれるなんて……。龍藍は目の奥が熱くなる。
「うん……そうだね」
龍藍は涙を流さないように堪えながら笑った。
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