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※想い交わりて※
貴方に私の全てを差し上げよう
「ん……」
初めて綾人殿に口づけされる。妙な既視感があったが胸を満たす幸福の前では些末なこと。龍藍は目を瞑って暫しの幸福に浸っていた。唇が離れて目を開けると、綾人殿が申し訳なさそうな顔をしている。どうしたのだろうと首を傾げた。
「申し訳ございません。数日程、少し学ぶ時間をください。それから続きをいたしましょう」
続きとは一体何なのだろうか。名残惜しさがあるが、龍藍はただ頷くしかなかった。龍藍はもやもやとしながらも部屋に戻る。すると縁側で酒を飲んでいた銀雪が振り返った。
「龍藍、おかえり。思ったよりも早かったな。ところで浮かない顔をしているが何かあったか?」
「いや……何も。綾人殿と気持ちを確かめ合えて恋人にはなれたよ。でも続きは数日後と仰って……。口づけの続きって何?」
銀雪が持っていた盃が落ち、銀雪の膝の上に酒が零れる。濡れるのも気にせず銀雪が問うた。
「……口づけの先から進展しなかったのか? 気持ちを確かめ合ったのに?」
「うん……」
銀雪はあの童貞野郎と悪態をつく。銀雪はうーんと腕を組むとちらちらと私の方を見た。
「お前も世間知らずだから知らないのも当然か。まあ数日後まで待っとけと言うならば、大人しく待ってろ。陰陽師が言ったことなら自身で撤回できまい。口づけの続きが知りたいならば、衆道の書でも読むといい。……本気で嫌になったら俺のところに駆け込めよ」
「うん。分かった」
綾人殿の言葉を半信半疑で待つ。その間に陰陽寮への出仕が始まった。色々と覚えることやすることが多く、龍藍はあの約束を忘れかけていた上、衆道の指南書も読めずじまいでいた。そして仕事終わりで二人とも明日休みという日、一緒に帰っていると綾人が声をかけてきた。
「龍藍殿、今夜あの時の続きをしたいのですがよろしいですか」
綾人殿の顔が少し赤くなっていたので、思わず此方も頬が熱くなってしまう。
「はい……分かりました」
龍藍は赤くなった顔を伏せて小さく頷いた。
それから龍藍が自室に戻ると、今まで隠形していた銀雪から身を清めた方が良いと言われた。口づけの続きとは身を清めた方がいいことをするのか。龍藍は食後に風呂に入ることにした。せっかくなら翠雨を一緒に入れてくれと言われて翠雨と銀雪と入る。翠雨と獣姿の銀雪を洗うと浴槽でふうと息をついた。
「ねえ、銀雪。銀雪と父上は口づけの先までしたの?」
「……したぞ」
銀雪は一呼吸置いて答えた。そうか。今の私よりも幼かった当時の父上は口づけの先までしたのか。少し複雑な心境だ。
「それってどんな感じなの?」
「どんな感じと聞かれたら答えづらいな。うーん。人によっては違うかもしれんが、幸せの頂点にいて相手のこと以外何も見えなくなるかな」
そういうものなのか。龍藍はへえと呟く。本当にどんなことをするのだろうか。龍藍の心は期待と不安でいっぱいになっていた。
翠雨を睡蓮に預けてから龍藍は綾人の部屋に向かう。綾人の部屋の前で深呼吸すると、御簾の前で声を掛けた。
「綾人殿、入りますがよろしいでしょうか」
「は、はい! どうぞお入りください!」
御簾を潜って入ると、部屋に敷かれてあった布団の上に綾人が座っていた。口づけの続きとは布団が必要なのだろうか。龍藍は綾人の前に座ると、綾人の髪が濡れていることに気づいた。
「綾人殿、身を清められたのですか? せっかくなら私の前に風呂に入って頂いてもよろしかったのに」
「いえ、お気になさらず。暑かったので水浴びをしたまでですから」
かといって夜に水浴びは風邪を引かないだろうか。心配していると、綾人に身体を引き寄せられた。細身でありながら男らしい腕に抱き締められて龍藍の心の臓が早鐘を打つ。
「龍藍殿、あの時の続きをいたしましょう」
耳元で囁かれると、腰が抜けてしまったように力が入らなくなる。龍藍が頷くと、綾人は龍藍の唇に己の唇を重ねた。
「ん……む……っ……ふぅ……」
綾人殿の舌が口に入ってくる。背筋がぞくぞくとしているがそのまま受け入れると、綾人殿が私の口腔を貪る。上顎や歯茎、やがて舌に絡み付いた。
「あっ……ふ……」
舌を絡ませるという未知の感覚に、龍藍は顔を真っ赤にする。羞恥と幸福で混乱してしまいそうだが、中断する気にはなれない。龍藍は綾人の袖を掴んでされるがままになる。すると綾人に背に腕を回された。口の中も背中も熱い。龍藍の頭がふわふわとし始めた時、ようやく唇が離れた。唾液が糸を引くのが何だか恥ずかしくて目を伏せてしまう。龍藍が下を向いたまま息を整えていると、枕の方にそっと身体を移動させられる。
「綾人殿……」
「龍藍殿……」
互いの名を呼び合うだけで、胸が温かい。龍藍が顔を上げると、綾人はどこか緊張した様子であった。私だって緊張しているが、綾人殿の方が緊張している気がする。私が綾人殿の身体に身を寄せると、綾人殿は震える手で私を抱き締め布団に倒れ込んだ。綾人殿を見上げれば、頬が赤くなっている。
「龍藍殿、出来るだけ優しく致しますが、俺は初めてで自信がございません。ですので痛い時は痛いと仰ってください」
痛いかもしれないことをするのか。痛いのは苦手だが、綾人殿は私が嫌がることなどしないと信じている。
「はい。僕は貴方に全てを捧げましょう」
不安を顔に出す綾人殿の頬に触れる。綾人殿は目を細めると、私の額に口づけた。……そして、初めて帯に手が掛けられた。
龍藍はどこかで口づけの続きが身体を暴かれることだと勘づいていた。本当は、矢を射られた胸の傷跡を見られたくない。だけどこの人は、これ以上に醜い顔の傷跡を恐れなかったのだ。きっと大丈夫。それでも傷跡の部分が空気に晒されると、綾人の反応が怖くて龍藍は目を瞑った。
「……龍藍殿、胸の傷跡が痛んだりなさいませんか?」
「い、いいえ。射られた日に痛むぐらいで、最近はあまり。銀雪が妖力で治してくれましたから」
以前に叔父上も似たようなことを聞いたっけ。あの時は突然今のように着物を暴かれたのだ。そしてこのような問いをすると、手首の拘束を解いて帰っていった。結局何がしたかったのかと半刻首を捻ったものだ。
「んっ……」
首筋に唇を落され、龍藍はびくっと身体を震わせる。皮膚の薄い部分なせいか、こそばゆくて堪らない。
「綾人殿……っ……」
口づけは首筋から胸、そして腹へと下っていく。口づけされる度に龍藍は身体をが熱くなるのを感じた。それと口づけと同時に胸の頂きを弄られ、背中にぞくぞくと甘い何かが走る。今まで胸なんて弄ることなど無かったので、触られるとこのような感覚になるとは思いもしなかった。
「ひぅ……!?」
突然下半身から背筋を駆ける感覚がある。見ると、綾人殿が袴の上から
中心部分を触っていた。
「龍藍殿は此処で自分をお慰めになったことはございますか」
「慰め……? いえ、ございませんが……」
第一、慰めるの意味が分からない。綾人殿はそうなのですかと言いながら私の袴に手を掛けた。袴に覆われていた下半身が寒い。龍藍が内腿を擦り寄せていると、褌の上から触られて龍藍の頬がかっと熱くなった。
「あの……綾人殿……」
「龍藍殿、失礼ですが褌を脱がせますよ」
家族はともかく、そこを誰かに見られるのは恥ずかしい。だけど口づけの先を求める私には拒否権などない。龍藍がそこから目を逸らすと、自分の中心が冷たい夜の空気に晒された。
「あの……そんなところを見て……どうなさるおつもり……ひぁ……!?」
突然そこを撫でられて、龍藍は身体をのけ反らせた。そっと触れられるだけで、身体を捩らせたくなる。
「貴方も男なのですね。ほら、もう硬くなっている」
「男です……が……んっ……ぁ……こんな……」
此処が撫でられてこうなることなど、初めて知った。指で擦られるだけで、甘美な感覚が身体を融かすようだ。それでも理性がはしたない声を出すことを許さない。
「んっ……ぁ……ふぅ……」
龍藍は自分の指を噛んで堪える。すると耳元に吐息がかかった。
「龍藍殿、指を噛まないで」
「ですがっ……恥ずかしい声が出てしまうでしょう? 貴方の前で……みっともない真似など……」
綾人殿は目を細めると、噛んで赤くなってしまった私の指を舌で舐める。私の指をなぞる綾人殿の赤い舌。扇情的とはこのようなことを言うのだろうか。顔が熱くて堪らない。やがて舐めるのをやめた綾人殿は私の中心を弄る手とは反対の手で私の頭を撫でた。
「みっともないなどと思っておりませぬよ。むしろこのような場では、そのような声を上げてくださった方が嬉しいのです」
本当なのだろうか。私が綾人殿に目で問うと、綾人殿は頷いて微笑んだ。私がどこかほっとしたのを悟ったように、中心を握る手が動くのを再開する。
「あぅ……はっ……ぁ……あん……」
龍藍は生まれて初めて感じる性の快楽に徐々に身を委ねていく。それと同時に胸の頂きを口に含まれ、更なる甘い感覚が理性を蕩かしていく。時折腰を浮かせ身悶えている内に、龍藍の水音が耳に響いた。
「ああっ……やあっ……」
未知の領域に足を踏み入れそうなのが怖い。だけども、この先を綾人に委ねたい。
「水音が聞こえるでしょう? 貴方の此処は出したがっているのです。どうか快楽に身を委ねてくださいまし」
「あ……ああっ……」
指を噛む代わりに龍藍は綾人の袖を掴む。龍藍の青い瞳は快楽で蕩け、潤んでいた。綾人は乱れる龍藍の中心を扱く手の動きを早め、赤くつんとなった胸の先を舐める。もう龍藍が限界に近づいていることは目に見えて明らかだ。綾人は軽く胸の先に歯を立てた。
「やああっ………うぁ___!?」
龍藍が大きく身体を仰け反らせると、白濁が龍藍の物から噴き出す。青臭さが龍藍の鼻腔を撫でた。龍藍がぜいぜいと息を整えていると、綾人が龍藍の頭を撫でながら額に口づける。その感触の心地好さに龍藍は目を閉じた。
やがて息が落ち着いてくると、龍藍はとんでもないことをしてしまったことに気づき下をみる。綾人の手は白濁に濡れ、夜着にも若干掛かってしまっていた。
「綾人殿、申し訳ございません。手だけでなくお召し物まで汚してしまって」
「いいえ、謝る必要はございませんよ。それに、この先は互い汚れてしまうでしょうし」
そう言いながら綾人殿は、私と綾人殿自身の髪紐を解いた。そして横から小さな壺を取り出す。あれは確か丁子油を入れる壺だったか。父上の部屋に置いてあったような……。
「龍藍殿、今から慣らすために尻に指を入れます。少し気持ち悪くなるかもしれません。気持ち悪くなった場合は俺の肩を噛んでくださってかまいません」
綾人殿は片肌を晒すと丁子油で濡らした指で後孔をなぞる。尻に指を入れるのかと内心驚いていたものの、銀雪があの日に尻が痛くないかと問うたのはこの事だったのかと納得した。
「んぅ……!? ん……ふ……ぅ……」
円を描くように後孔を這う指が後孔に侵入した。本来出すところに指を入れられたものだから、冷や汗が噴き出す。綾人殿の肩を噛むまいと思っていたが、この異物感は気色悪い。龍藍は目の前にあった綾人の肩に噛みついて、異物感を誤魔化そうとした。
「んんっ……うぅ………」
やがて気持ち悪さが少しずつ甘い感覚に近い物へとなっていく。龍藍が腰を動かし始めると綾人は2本、3本と指を増やしていた。
「あん…………はっ……ぁ……ああっ……!?」
3本の指が後ろ孔で蠢いていると、1本がある部分を掠め龍藍は思わず甘い悲鳴を上げる。すると綾人は重点的にそこを撫でた。
「ひああっ……!?綾……人殿………そこ……やぁ……」
「嫌ではないでしょう? むしろしてほしいのでは?」
「そ……ん……ひああ……っ……!?」
ずるりと全部指が抜け、腰が甘い感覚に砕けたような錯覚を覚えた。龍藍が荒い息を吐いていると、綾人が自分の帯を解いた。陰陽師とは文官なのに私よりも筋肉質だな。綾人殿の身体をじっと見ていると褌を脱いだ。
「龍藍殿、今から貴方のそこに私の物を入れます」
……そういうことなのか。私には古事記でいうような足りない箇所が無いから当然此処になるか。しかしと龍藍は綾人のそれを見る。……裂けたりしないだろうか。不安げに龍藍が見上げると、綾人は龍藍の頬を綺麗な方の指の背で撫でた。
「大丈夫です。……私のは普通くらいの大きさですし、傷つかないように今先程、慣らしたのですから」
安心させるように仰っているが、指が震えている。龍藍は綾人の手を包むと微笑んだ。
「お任せ致します。私は貴方にこの身全てを捧げる覚悟が出来ておりますから」
「……俺も、同じ気持ちです。ですからこれからは『綾人殿』ではなく『綾人』と呼んでください」
「分かりました。……綾人、来てください。僕は貴方を受け入れたい。それと、僕のことも『龍藍』と呼んでください」
「はい……俺の愛おしい龍藍」
龍藍が綾人の背に腕を回すと、綾人も龍藍の後孔に自分の熱をあてがう。そしてゆっくりと後孔に沈めていった。
「あっ……ぐ……ぅ……」
指とは全然違う熱さと太さ。慣らしたとはいえ痛みと気持ち悪さが生じる。歯の根も合わず龍藍が痛みに喘ぐと、綾人は龍藍の頬に手を添えた。
「龍藍殿、落ち着いて深く呼吸し力を抜いてください。それで少しは和らぐ筈です」
言われた通りに、息を深く吸ったり吐いたりを繰り返す。その間に少しずつ奥に沈んでいく熱。どれくらいの長さを入れるのだろうか。呼吸で不快感は薄れつつあるが、それが少し不安になった。
「綾人……」
綾人の動きが止まったところで、綾人の名を呼ぶ。綾人は軽く僕に口づけすると、僕の頬を撫でた。
「全部入りましたよ。龍藍、不快感はありませんか?」
「今は……あまり。それにしても……んっ……綾人……貴方こそ……不快感は……?」
「俺もないですよ。龍藍……こうして貴方とひとつになれて嬉しい」
綾人の瞳は優しげな色を湛えている。なるほど、これがひとつになるということか。自分を貫く熱が脈打っているのが手に取るように伝わってきて、恥ずかしさと愛しさが混じり合う。
「僕も……僕の身体の中にっ……貴方を……感じられて……ぁ……幸せです」
恋人と繋がったまま見つめ合うだけで、胸が幸せでいっぱいになる。ああ、このままでいたいと思っていると、綾人が口を開いた。
「龍藍、もう動いてもいいですか?」
………この状況で動くとどうなるのか。今は沈静化している不快感がぶり返して、夕食を戻したりしないだろうか。
「……動いて気持ち悪くなったり……しませんか?」
「大丈夫です。もしそうなった場合はすぐに中断しますので仰ってください」
そうならばいいが。龍藍がこくりと頷くと綾人の熱が動いた。
「はっ……あ……」
ずるりと自分の中で熱が動く。痛いわけではないが狂おしい快楽が怖い。自分があられもない姿を出しそうだから。龍藍はいっそう綾人の背中にしがみついた。
「ひっ……あっ……んっ……んんっ……」
熱は引いては穿つをゆっくりと繰り返し、少しずつ早くなっていく。その内に、指で押された所を穿たれ龍藍は声を押さえられなくなった。
「ああっ……やっ……綾人……っ……。そこ……変に……なる……」
白濁が出る前のあの感覚に似ている。いや、あの時よりも快楽を上りつめてしまいそうで怖い。龍藍が嬌声を上げながら綾人を見ると、余裕の無い表情を浮かべていた。瞳に宿るは狼の如き欲望。その目を見た途端に、龍藍は頬が熱くなるのを感じた。
「龍藍、変になってもいいのです。もっと貴方を感じさせて」
綾人はそう言うなり、とろとろと先走りを溢す龍藍の中心に指を絡める。
「ひぁ……!? 綾人……駄目……っ……そこ……やら……出てしまう……」
「龍藍……っ……それを達 くと言うのです。ねえ……俺に言って見せて」
耳元で言ったかと思えば、耳を甘噛みされる。中を激しく穿たれた上に、中心を妖艶な手つきで扱かれ、耳を食まれては限界も近くなる。
「綾人……いっ……く…………あああっ……ああ___!」
銀色の髪がはらりと舞うほどに、龍藍は仰け反って達する。自分から白濁が零れて、不意に目の前が白くなった瞬間、龍藍は中で自分と同じ白濁が中で注ぎ込まれるのを感じた。
先程以上に息が乱れたせいか、呼吸をするのも苦しい。快楽の余韻がどうしようもなく心地よくて目を瞑ってそれに浸っていた。
「龍藍……貴方を愛している」
息の上がった声で愛の言葉を囁かれる。それの何と幸せなことか。彼の声に返事をしたくて重い目蓋を抉じ開ける。
「僕も……綾人を愛しています……」
眠っているとでも思ったのか綾人は驚いた顔をする。やがて優しげに微笑むと、互いの額を重ねて目を閉じた。
龍藍が目覚めるとまだ夜であった。いつの間に自分は寝てしまったのだろうか。あれ程、身体が互いの体液で濡れたというのに、身体は風呂から上がった直後のように綺麗に清められている。周囲を見回してみると、綾人が胡座をかいて水か酒を飲んでいた。
「綾人……」
彼の名前を呼ぶと、彼は私の方に振り向いた。綾人は優しい微笑を浮かべたが、そこに僅かな痛みを抱えた瞳をしていた。
「龍藍、もうお目覚めですか。まだあれから四半刻程しか経っておりませんよ」
そう言いながら、綾人は私に盃に注いだ液体を渡す。起き上がってからそれを受け取って飲んでみると、水であった。水を飲み込んで自分がとても喉が渇いていたことに気づく。水を飲み干してから、綾人の手に触れた。
「そうなのですか。……綾人、どこか痛いのですか?」
綾人は目を見開くと、視線を盃に逃がす。盃の中の月は静かに揺蕩っている。
「俺は人生で初めて恋い焦がれた相手が貴方です。……ですけど、貴方が一番に愛したのは楓なのでしょう? 貴方と楓の恋路を踏みにじったのではないかと……思ってしまって……」
その事なのか。確かに私の楓への想いは変わらない。幼心に彼女に恋をして、彼女の死を知って絶望に陥った。だが綾人を愛しているのも事実だ。私は綾人の身体を抱き締めた。
「確かに私は彼女を愛しています。……ですけど、泰明殿に捕まって意識を失っている間、夢の中で彼女に言われたんです。死者に執着している暇があるのなら、自分を愛してくれる生者の想いの方に目を向けなさいと」
きっと私の願望が見せた夢なのかもしれない。それでもあの夢が、自分の綾人殿への想いに背を押してくれた。私の話を黙って聞いていた綾人殿は、大きく安堵の溜め息を吐く。
「そうだったのですね。楓が言いそうなことです。……龍藍、楓の分まで貴方を愛し、守り抜くと誓いましょう」
綾人は私を力強く抱き締め返してくる。私は愛しい人の腕の中で、ずっとこの人の傍にいたいと願った。
すやすやと眠る龍藍の銀色の髪に指を絡めながら綾人は一人考え事をしていた。
「俺……全然余裕無かったな……」
ずっと心臓が早鐘を打ってしまい、情交の後始末をするまで落ち着くことがなかった。龍藍殿の前をはだけた時から鼻血が出てしまいかねない程であったし、正直自分が上手く出来たかなど分からない。白銀の髪がうねり、青い瞳が蕩けたように潤んでいたこと。龍藍殿の喉から出る嬌声。そして熱く柔らかな後孔の感触だけが頭に焼き付いている。
「龍藍……俺は今幸せです……」
貴方のような身も心も美しい方と愛し愛される仲になれた今宵は人生で一番幸福な瞬間であろう。綾人はそう信じて疑わなかった。
そして互いに身を寄せあって眠ったのだが、いつの間にか自宅の庭にいた。
「ん? 俺は何で此処にいる? 夢……か……?」
すぐに夢殿であると分かったのは、自分の生まれた日に庭に植えられている桃の木が今よりも低いから。まるで楓が亡くなる年と同じような……。
「綾人兄様、お久しぶりでございます」
振り向くと、楓がそこにいた。まさか夢に誘い込んだのは楓か? 俺は動揺を必死に隠しながら答える。
「お……おう。お久しぶり。……ところで龍藍殿と会ったのか?」
楓は不機嫌そうに頷いた。普段明るく誰も彼もの心を明るくする笑顔を振り撒いていたが、相思相愛の許嫁を取られたせいだろうか。顔が怖い。
「会いましたし、話をしました。……まさか、貴方が夕霧くんと契るとは思いませんでしたよ。ですが、あたしが彼を置いていったから仕方ないと諦めていますよ。彼は死者に執着してはいけませんし、生者である貴方と恋仲になる方が幸せです。ですが………」
すたすたと俺に歩み寄ると、楓は胸ぐらを掴んだ。殴られるのかと目を瞑ったら目を開けてくださいと言われた。
「生まれ変わったら彼を奪い返してみせます。それまで首を洗って待っていなさい。それと、彼を傷つけたり『化け物』などと言った日には、祟り殺しますからね」
楓の目はとても真剣で、少し泣きそうな顔をしていた。本当は亡くなっても龍藍への想いは尽きていないのだろう。
「陰陽師の名に懸けて誓う。楓、お前が生まれ変わるまで絶対に俺が彼を守る。だからのんびりと生まれ変わる時を見定めるがいいぞ」
楓は俺の冗談に頬を膨らませたが、やがてにこっと笑みを浮かべた。
「…………最後に言いますけど絶対に彼を幸せにしてください。それが貴方に夕霧くんを託す条件です」
「ああ、勿論幸せにするとも」
霧がかかったように周囲の景色がぼやけ、楓の顔も分かりづらくなる。最後に楓の優しい赤い瞳が見えた気がした。
龍藍が次に目を覚ましたのは朝であった。目の前には無邪気な寝顔を晒す綾人がいる。綾人は自分と同い年の筈なのにどこか大人びた顔をしている。だが目の前の顔は童のようで龍藍はくすりと笑った。
「綾人……好きです」
小声で口にしてみたが、やはり気恥ずかしい。昨夜はあんなに色々したのに、朝起きてみれば好意を寄せる言葉を口にするだけで顔が熱い。
「んっ……龍藍殿。……龍藍殿? ってうわああ!?」
今まで本当に寝ていたのか、綾人が大声を上げて飛び起きる。昨夜の余裕ぶってた姿が嘘のようだ。耳まで顔を赤くする綾人を見て、笑いを堪えるのに必死になる。
「綾人……殿。おはようございます。昨夜のことは覚えておいでですか」
綾人はぎこちない仕草であるが首を縦に振った。綾人は顔を手で覆いながら、ちらちらと私を見た。
「昨夜はその……生意気なことを言ってすみませんでした。……それと、昨夜の俺は貴方に粗相などしませんでしたか?」
「いいえ。昨夜はとても幸せな夜でしたよ。綾人、またいつかお願いします。それと、以前約束していたように今日は一緒に甘味処巡りしませんか?」
私の言葉に安堵したのか深く息を吐く。そして綾人は嬉しそうに頷くと、私の手を取って引き寄せた。
「ええ、今日は一緒に色んな甘味処に行きましょう」
私と綾人は身を寄せ合って笑う。ああ、今日のような愛する人との朝を何度でも迎えたい。傍にある綾人の体温は、自分の心を凍らせる氷を解かしてくれている気がした。
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