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番外編 ※貴方と花見を※

 あの屋敷を出て一年以上になるのか。龍藍は綾人との何度目か分からぬ睦み合いの後、ぼんやりを月を見上げた。 「龍藍、いかがなさいました?」  水を飲んでいた綾人が背後から声を掛けられ、龍藍は振り返る。綾人は怪訝そうに首を傾げていた。 「あの屋敷に桜が咲く季節だなと思いまして……」  幽閉されていても、あの桜の景色は綺麗だと思えた。 「今、あの屋敷はどうされているのです?」 「式紙に手入れを任せております。万が一の為にも取っておきたいですし、あの場所は父と銀雪と過ごした別邸ですから」  辛い思い出もたくさんあるけれど、幸せな思い出も詰まっている。出来るならば、いつまでも残しておくつもりだ。 「そうだ。明後日から2日間休みですよね。一緒にあの屋敷に花見に行きませんか」 「え!? よろしいのですか!? 貴方の思い出の場所に踏み込んでしまって」 「貴方だから一緒に行きたいのです。一緒に来てくれますか」 「勿論です! 是非行きましょう」  綾人は首がもげそうな程縦に振る。その姿に龍藍はくすっと笑った。 「すいもおはなみいくー!」  花見の前日。花見の準備をしていると、翠雨もお花見に行きたいと言い出した。そういえば、翠雨は生まれてから今まで京の外から出たことがないという。ならば丁度良い機会かもしれない。 「ええ、翠雨さ……翠雨も行きましょう」  最近は睡蓮殿に、仮にも蒼宮養子として翠雨様の兄になったのだからと、翠雨様を呼び捨てにするように言われてたのであった。慌てて言い直して翠雨の頭を撫でると、翠雨は嬉しそうにはしゃいでいた。 「それで、龍藍。どうやって屋敷に向かうのです。徒歩ではないでしょう?」 「青龍に本性に戻ってもらって屋敷まで送ってもらいます。ただ、船酔いのように気分が悪くなるかもしれないので御容赦をとのことです」  少しだけ綾人の顔が青ざめた。無理もない。普通、人が空を飛ぶなど出来ないのだから。私も乗るのは初めてだ。不安もあるが、弁当が台無しにならないような霊符を師匠(晴明)に教えてもらったし、落とされる危険は無いだろう。  当日、花見の準備はばっちりな上、快晴であった。龍藍が翠雨の着替えをしていると、庭で話し声がする。 「皆さん、早く行きますよ」  風呂敷に包んだ弁当を抱えて、青龍が庭で待っている。 「すいません。お待たせしまいましたね。さあ、行きましょう」  翠雨を抱き抱えると、綾人と銀雪と庭に出た。  空の旅は特にこれといった問題はあまり無かった。空を飛ぶということはこんなにも楽しいことなのか。山々や町がすごく小さく感じる。私同様に翠雨ははしゃいでいるが、綾人殿はひいひいと青ざめた顔で悲鳴を上げていた。 『………綾人、私の身体に吐くなよ。吐いたら落とすかもしれない』 「吐かない……から。でも……無理……高い……」  綾人は大丈夫だろうか。念話で銀雪に気を失いそうになる綾人を任せると空の旅を続けた。  空の旅を終えて屋敷に辿り着く。あの屋敷は全く風化されておらず、あの頃と同じ佇まいをしていた。予想通り、満開の桜が屋敷を包み込んでいる。 「青龍ありがとうございます。弁当は此方に置いてください」  青龍に指示を出してから私はぐったりと銀雪に支えられている綾人に近寄る。今にも吐きそうな顔をする綾人の頬に触れた。 「綾人、大丈夫ですか」 「いえ……ちょっと休ませてください」 「勿論です。銀雪、綾人を縁側に運んで。それと水を汲んでくるから、翠雨をお願い」  銀雪に綾人と翠雨を任せると、私は近くの泉で水を汲むことにした。彼処の湧水は一番美味しいのだ。何度も行ったお陰か、難なく見つける。念のため水を手に掬って飲んでみると、前と変わらず冷たくて清らかだ。  竹筒に水を汲んで屋敷に戻ると、綾人が縁側に横になっている。翠雨はそんな綾人を心配そうに擦っていた。 「綾人、水を汲んできました」 「ああ……龍藍……ありがとうございます」  銀雪が渡してくれた盃に水を注ぐ。青い顔をして起き上がった綾人に盃を渡すと、綾人は盃に口を付ける。綾人は一度喉を動かすと、驚いた顔をして口を離す。それから一気にごくごくと飲み干した。 「龍藍、ありがとう。お陰様で良くなりました。それにしても美味しいですね」  言葉通り、綾人の顔にはいつもの血の気が戻っている。その様子に私は心から安堵した。 「良かったです。此処は龍神様のお膝元ですから水がとても美味しいのです」  綾人がおかわりを欲しそうだったので水をもう一杯注ぐと、綾人は照れたようにそれをすぐに飲み干した。 「にいさま、すいもおみずほしー」 「はい。どうぞ」  翠雨にも水を小さな木彫りの湯飲みに注ぐと、ごくごくと飲み干す。おいしいと笑う翠雨に此方もつられて笑みがこぼれる。 「もう少し休まれてくださいな。此処は眺めが良いでしょうし」 「ええ、ありがとうございます。……本当に、久々に美しい景色を見ました。」  綾人は桜を見上げて溜め息をつく。私も縁側に腰を掛けると桜を見上げた。薄紅色の花がはらはらと風に舞っている。以前の私なら、桜の花弁に降り積もる雪の冷たさと寂しさを感じた。だけども、今はこんなにも舞い散る花弁が暖かなものに思える。私がそっと綾人の手に自分の手を重ねると、綾人が無言で私の手を握ってくれた。  昼時になり、皆で弁当を食べることにした。重箱を広げてみると、色とりどりの料理が露になる。 「「おおー!」」  綾人と翠雨が同時に感嘆の声を上げる。確かにこれは随分と豪勢だ。玉子焼きに海老に煮しめに焼き豆腐。他にも団子や饅頭などたくさんある。睡蓮殿と風太が張り切っていたがそういうことだったのか。今度二人に菓子でも馳走せねば。早速箸をつける。毒など入っていないが念のために食べようとすると、綾人が先に口に入れた。何度か噛んでから飲み込むとにかっと笑みを浮かべた。 「大丈夫です。毒など入っていないどころか美味です」  ありがたいが、土御門の次男坊が毒味などして良いのだろうか。少し心配だが、あの2人が毒を入れる筈が無いだろうし平気そうな顔を見るに大丈夫だろう。警戒を緩め、食事を始めることにした。  澄んだ空気の中での食事はやはり格別だ。翠雨も「おいしー」と何度も言いながら食べている。 「にしても、此処で花見をするのは久しぶりだな。あの時は俺と氷雨と龍藍の3人だったのに、5人ともなると色々違うもんだ」 「そうだね」  銀雪の言葉に頷く。本当にこんな大人数で此処に来るとは思わなかった。あの時、3人で食べたおむすびは美味しかった。それに負けないくらい、こうして皆で食べる弁当は美味い。 「京で花見の場所取りは大変ですからね。こんなに絶景な場所で愛しい貴方と共に花見が出来て幸せです」 「あ、綾人。こんな真っ昼間から口説き文句なんて恥ずかしいです……」  赤くなった頬を袖で隠す龍藍を綾人は愛おしそうに見つめる。2人の様子を眺めていた翠雨は不思議そうに首をかしげる。 「翠雨此方に来い。お前にはまだ早い」 「ん? はーい」  銀雪は翠雨を膝に乗せて面倒を見る。もう随分恋人らしくなったなと目を細めた。  食事を終え、のんびりと縁側で日向ぼっこをする。すうすうと寝息をたてて昼寝をする翠雨を龍藍が慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。それをぼんやり眺めながら綾人は考える。  龍藍は今年の秋の除目には使部から出世するらしい。選択肢は三つあり、陰陽生、暦生、天文生なのだが、どの派閥も有能な龍藍を勧誘しようとしている。決定権を握る父上も、龍藍をどれにするかまだ判断出来ないという。将来、頭角を表した龍藍に俺は相応しい人物になれるだろうか。今とて貴方に俺が相応しいと自信を持って言えないのに。 「どうしました、綾人」 「いえっ……何も……」  気がついたら龍藍の顔が目の前にあった。本当に俺の恋人は美しいな。何よりも銀色の艶やか髪と青空のような澄んだ瞳を見ているだけで、心の臓が早鐘を打つ。貴方に私は役不足ではと思ってしまい俯くと、額に暖かい感触が伝わった。 「綾人、何に悩んでいるか分かりません。ですが僕は貴方を愛しています。陰陽師は言えぬことも多いでしょうが、口に出来る悩みであれば貴方の悩みを打ち明けてほしいです。僕は貴方のものですし、貴方は僕のものですから」  龍藍の直接的な物言いに綾人は顔を真っ赤にする。貴方は僕のものだと!? 普段穏和な彼から出る独占的な物言いに胸が痛いほど早鐘を打っている。貴方に必要とされることがすごく嬉しい。死んでしまっても良いぐらい幸せの絶頂期にいる。  堪えきれない興奮を抑えるように、綾人は龍藍の袖を掴んだ。 「……実力も人徳もある貴方に、土御門の名ばかりの俺が相応しくないのではと悩んでいました。ですが、俺が貴方のものと思っていただけるのを知って悩みが吹き飛びました」  龍藍は軽く目を見開くと、目を細めて微笑んだ。その金銀にも勝る笑みを見るだけで、俺の心が満たされる。 「良かった。悩みは吹き飛んだのですね。貴方が僕に相応しくない筈がありません。貴方は僕の尊敬する陰陽師です。それに貴方は僕の傷をも受け入れてくれたのでしょう?」  龍藍は包帯に覆われた顔半分を指差す。俺はそっと包帯の上から口づけた。  貴方の傷を見ても何故だか、すんなり受け入れられた。それはきっと、顔の傷は貴方の優しさと罪の証だからだろう。どうして拒むことが出来ようか。暖かな日の下で綾人は龍藍を抱き締めた。  すっかり日も暮れた頃、綾人は青龍と厨で料理をしていた。別邸という名に相応しく、厨は料理をするには十分すぎる程の広さ。風呂敷に入っていた食材や午前中に採って灰汁抜きした山菜を使う。 「それにしてもお前が料理をするとは」 「それはこちらの台詞だ、青龍。俺は時雨や母上に習ったけど、お前はどこで覚えたんだ?」  釜戸の火加減を見ている青龍は、苦虫を噛み潰したような顔をした。 「朱雀と………あの阿呆にな。あいつらは火行だから料理は得意だ」  阿呆というのはもしや騰蛇のことだろうか。朱雀はともかく、騰蛇に料理の指導を受けたのが嫌な思い出だったのか、青龍の顔が恐ろしくなる。 「そ……そうなのか」  どんな指導をされたのだろう。興味が湧くが恐怖の入り口な気がするのでやめておく。綾人は甘辛く煮た山菜の味見をした。 「うん、美味い」  味付けはちょうど良い塩梅だ。あとは味噌汁でも作って……。出汁を作る準備に取りかかっていると、青龍が口を開いた。 「綾人、龍藍とはうまくやっているか」 「やっているけど。そういえば、青龍は俺と龍藍の関係をどう思っているんだ?」 「私は龍藍が幸せならそれで良い。……第一、私が衆道がどうとかと批難する理由はない」  青龍は俺に視線を向けることなく即答した。その言霊に一切の偽りは見受けられない。そのことに胸を撫で下ろす。 「そうか……ありがとう」 「ただ、龍藍を傷つけることがあればお前を殴る。忘れるな」  龍藍殿や龍神によく似た色の瞳は静かに俺を見据えていた。全くの偽りもない眼差し。どれだけ龍藍殿を大事にしているか。それが痛いほど伝わってくる。圧をかけられているのは理解できたが、それだけ青龍が半妖の龍藍を大切に思ってくれることが我が事のように嬉しい。 「ああ。龍藍を傷つけなどしないと誓う」  辛かった記憶を消すことなど出来ない。それでも、彼が辛かった分以上に彼を幸せにしたい。それだけが俺の目標である。 「さて、もうそろそろ銀雪に配膳の準備をしてもらおうか」  銀雪を呼ぶために後ろを振り返った時、翠雨の面倒を見ている龍藍が視界に入る。その穏やかな表情に胸があたたかくなった。  夕飯を作り終えて、皆で食べる。翠雨は好き嫌いせずに全部食べてくれたし、龍藍は美味しいですねと笑ってくれた。自分の料理を御馳走だと思ったことはないが、龍藍から褒めてもらったお陰かどんな豪勢な料理よりも美味く感じる。帰ったら蒼宮の屋敷で作っても良いなと思いつつ、完食した。  食器の片付けを龍藍と銀雪が行っている間に、俺は翠雨の面倒を見る。満腹になったせいかうつらうつらとし始めた翠雨の背をぽんぽんと一定の速度で叩きながら子守唄を唄ってやると、翠雨はあっという間に寝てしまう。すると青龍が口を開いた。 「私が翠雨の面倒を見ておくので、綾人は龍藍達と過ごすといい」 「本当か? ありがとう。ならば、龍藍達の片付けが終わったら任せる」  青龍は気にするなと言うと、翠雨の寝顔を見つめていた。翠雨は両親を亡くしてはいるが、睡蓮を始めとした大勢に愛情を注がれている。青龍も例外ではなく、表情こそ龍藍に見せる微笑ではないものの、翠雨を大切にしているのは言われなくても分かる。龍藍達の片付けが終わると、青龍に翠雨を任せ、龍藍達と縁側に腰かけた。  酒を飲みながら、桜を眺める。月明かりだけでなく、自身も淡い光を纏った桜ははらはらと花弁を散らしている。幻想的な光景に思わず溜め息が零れた。 「……なんともまあ、綺麗だ」 「でしょう? 此処は龍神様の息吹が宿りし領域。木霊もその加護を受けて、夜はこのように美しい姿を見せるのです」  翠雨も起きていれば、さぞかし喜んでいただろう。だがあの年では、眠りに勝てぬ。もう少し大きくなったら皆で見たい。 「これに龍藍の笛の音があれば、桃源郷のように思えるのですが」  さりげなくおねだりしてみると、龍藍はくすっと笑った。 「ええ、良いですよ」 「龍藍が笛を吹くなら俺は剣舞でもしようかね」  龍藍が笛を取り出すと、銀雪はしれっと立ち上がる。 「剣舞!? 銀雪、出来るのか」 「おうよ。一応、妖狐の里の長の次男坊だったからな。剣舞なぞ兄から教わった。それで綾人よ。お前は1人鑑賞しているだけかな?」  俺を煽っているのか、にやりと笑みを浮かべた。 「ぐぬぬ……。龍藍、琴か三味線はありますか。これでも多少は楽を奏でられます」  楽の音には退魔の効果もあるということで、幼少期から触れてきた。このような場で何も出来ないのは悔しい。 「ええ。どちらもございますよ。お好きな方をお使いください」  龍藍殿が指を鳴らすと、琴と三味線が浮遊して俺の目の前で床にゆっくり落ちる。俺は悩みに悩みぬいた末、琴を選んだ。 「龍藍、貴方の笛の音に合わせますので思うままに吹いてください」 「ええ、綾人」  龍藍が美しい唇を笛に乗せたと同時に俺は息を吸った。微かな金属音の後に笛の旋律が響く。普段は上品な雰囲気の欠片もない銀雪は、その音に合わせて優美に剣舞を披露する。一瞬、笛の音と剣舞に見とれていたが、俺は笛の音に耳を澄ましながら、そっと琴を爪弾き始めた。  桜咲き乱れる中で行われる剣舞と笛と琴の合奏。もし誰かがこの場にいたならば、その美しい光景に言葉を失っていただろう。琴を奏でながら綾人は笑みを溢す。目の前の剣舞から少しだけ目を離し、横目で龍藍を見る。龍藍も剣舞に魅了されているのか、目を細めて銀雪の剣舞を見ている。ああ俺、すごく幸せだ。この時がずっと続けば良いのになどと願ってしまいそうになる。  どれくらい経ったであろうか。演奏が終わった頃には綾人の指が疲れで震えていた。  震える指から琴爪を外していると、刀を鞘に納めた銀雪がひょいと俺の隣に飛んだ。 「おいおい、これからが龍藍とのお楽しみだろうに震えてどうする?」 「お楽しみ!?」  意味は分かるが本気なのか!? 綾人が顔を真っ赤にして硬直すると、銀雪は無言でにやりと笑った。 「じゃあお二人さん。俺はお先に寝るわ」  銀雪は手をひらひらと振ると、翠雨の部屋に向かった。翠雨に妖狐と天将が護衛としてつくならば心配はない。ということは……2人だけの時間を過ごせるということ。綾人の鼓動が煩くなる。一瞬脳裏に過ったのは閨で乱れる龍藍殿の姿。いや、あの人の大切な場所でそのようなことを予想してはいけない。綾人が恥ずかしさのあまり下を向いてぎゅっと拳を握っていると、龍藍が横に座った。 「あの……龍藍……っ……」  頬を両手で包まれて、唇に生温かい物が触れる。綾人は呆然として口づけを受け入れていると、触れ合う程度で口づけが終わった。 「綾人……今夜いいですか……?」  頬を薄紅に染めた龍藍が小さな声で問いかける。俺はただ頷くと龍藍を抱え上げた。 「あのっ……僕は子供じゃないですし、抱え上げられなくても……」 「恋人を抱え上げられなくて恋人面など出来ませんよ。それよりも龍藍、軽すぎですよ。もっとしっかり食べなくては駄目です」  今の俺のように龍藍は耳まで顔を赤くして、こくりと頷く。正直、龍藍は同い年にしては痩せすぎだ。食が細いようだが、それは龍藍が此処に幽閉されていた頃、十分な食事をしてこなかったせいなのではと考えてしまう。今度、龍藍の食事について睡蓮と話し合うべきか。  綾人は軽い龍藍のことを心配しつつ龍藍を部屋に運ぶ。ふたつ並んだ布団と柔らかい光の行灯。それを意味するものを悟り、綾人はごくりと唾を飲んだ。  綾人は布団に龍藍を下ろす。龍藍は恥ずかしげに微笑むと、結っていた髪紐に手をかけた。流れる髪が月光に煌めきさらさらと落ちる。それを合図に綾人は龍藍の唇に己の唇を重ねた。 「ふ……んん……」  口腔を舌でなぞり、舌を絡める。薄目で彼を見ると、とろんと青い瞳が蕩けていた。舌を深く絡める程に互いの指をも絡める。これだけで彼とひとつになれている気がして、体の奥が熱くなる。 「…っはあ……あ……っ……はあ……」  唇を離すと唾液がつうっと糸を引く。肩を大きく上下して息をする龍藍を押し倒そうとすると、龍藍が首を横に振った。どういう意味だろうか。綾人が龍藍をじっと見つめていると、龍藍は自らの襟に手をかける。月光を背に白く細い身体が剥き出しになり、綾人は目を見開いた。 「あの……龍藍。何を……」 「いつも貴方に脱がされているので、たまには自分から脱いでみようと思ったんですよ。ですけど……ちょっと恥ずかしいですね」  龍藍が恥ずかしそうに苦笑する。ああ……。俺の恋人は何と愛らしいのか。綾人は衝動が抑えられなくなり、龍藍を押し倒す。 「綾人、そんなに焦らずとも僕は逃げませんって……あっ……」  龍藍の首筋に口付けると、龍藍は擽ったそうに声を上げる。白い肌に赤い跡を付けながら胸の頂きを爪で軽く掻く。 「綾……人……んっ……あっ……」  龍藍が甘い声を上げ始めたので、俺の理性がじわじわと削られていく。薄い身体を唇や指で愛撫しながら、龍藍の帯を解いた。 「うあっ……あん……綾……人っ……」  春とはいえど肌寒い夜。一糸も纏っていないにもかかわらず、俺の身体は熱くてたまらなかった。俺の目に映るのは銀の髪を乱した龍藍。冷静で知的な輝きを宿す青い瞳が快楽で蕩けている。俺よりも霊力があって、陰陽寮でも優秀なこの人がこのように乱れるのを知っているのは俺だけなのだ。 「龍藍っ……気持ち……良いですか?」 「はい……んっ……あう……」  交わる部分から生じる水音が激しく、俺にもこんなに情欲があったのかと気づかされる。この人がいなければ、これ程恋い焦がれる感情を知らなかっただろう。  熱い。ひとつに熔けてしまいそうだ。綾人と龍藍は舌と手を深く絡め合う。 「んうっ……ふっ……んん」  口づけの合間に漏れる甘い声が愛しい。俺の物を離すまいと締め付ける中が気持ち良い。俺は本能のままに彼の身体を穿つ。 「ああっ……! もう……っ………い……」  もうすぐ達するのだろうか。龍藍殿の物からとろとろと先走りが溢れている。俺は激しく中を貫きながら、彼の耳を甘噛みした。 「くぅ……あっ……ああぁ___!!」 「んっ………!」  腹に生温かい物が掛かると同時に、俺の物がぎゅうっと締め付けられる。俺が中に出すと、仰け反っていた龍藍殿の身体からくたりと力が抜けた。俺が抜くと、龍藍が俺の腕を掴む。 「綾人……もっと貴方がほしい……」  普段、龍藍は一、二回でへとへとになってしまうから終わらせようと思ったが、自分からねだってくるとは。俺は龍藍の耳元に唇を寄せた。 「貴方が望むならいくらでも」  俺は龍藍を引き寄せると、固くなったそれを埋めた。  事後に身を寄せ合いながら二人で月を見る。流石に裸のままで空気に曝すのも寒いので、身体の上から布団を被っていた。 「本当にすみません。……獣のようにがっついてしまって」  龍藍は大丈夫ですよと笑いながら俺の髪を弄る。 「ですが、貴方のせいで僕は淫らになってしまいましたね。一年前までは情交のいろはも知らなかったのに」 「みっ……!?」  龍藍から「淫ら」という単語が出るとは。綾人の頬がかっと熱くなる。龍藍は初な綾人の反応にくすりと笑みを浮かべた。 「からかってしまってすみません。貴方がかわいくてつい」  目を逸らして顔を赤くする綾人の頬に龍藍が触れると、綾人は龍藍をぎゅっと抱き締めた。 「……貴方が魅力的過ぎるから悪いのです」  ぼそりと呟かれた睦言に龍藍の頬が熱くなる。互いに顔を赤くして俯いていたが、綾人が口を開いた。 「龍藍、俺は来年もこうして貴方と過ごしたいです。よろしいですか?」 「はい……。綾人、勿論です」  身を寄せ合う彼らの身体に薄紅の花弁が何枚か掛かる。二人は互いの髪に桜の花弁が飾るのを眺めながら、この夜が明けなければといいのになどと思うのであった。 《完》

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