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第二部 復讐鬼の慟哭

ついに、その時が来た。 その夜もいつも通り、俺は湯浴みの後に身体に香油を塗り手入れをしていた。肌は滑らかで、良い匂いがした方が喜ばれる。 そこへいつもの侍女が現れ、しずしずと傅いて言った。 「デイトリヒ様。国王陛下が、デイトリヒ様をお呼びです」 「うむ。そうか」 国王陛下。 ディスターの尻馬に乗り、この俺から玉座を奪いさった愚か者。 更に……あの隻眼の、憎い仇。 隻眼の顔を思い出すと、下っ腹がじくじく疼いて尻穴がきゅうっと窄まる。 思わず舌打ちをした。この身体には、あの男が染み付いてしまった。顔を思い浮かべただけで、欲情しそうになる。奴はマクスウェルの息子だというのに。 肌の手入れを終え、俺は衣装棚から何着か服を取り出しベッドに並べる。 隻眼が言うには、あの国王は見目麗しく妖艶で淫乱な男を好むそうだ。それなら、確かに今の俺は奴の好みに合致する。 初めて会うのに着る服は、どれが良いかと思案した。服は全て、労働する豚こと財務大臣に用意させたものだ。奴は特に従順な客で、俺のお気に入りだ。 薄絹の乳首や恥部が透けそうな服か、はなから全て丸出しの、黒い皮のボンテージか……。 悩んだ挙句、俺は燕尾服を着る事にした。侍女に髪を結わせ、肩に垂らす。 鏡の向こうに居るのは、娼婦の俺ではなく、皇帝だった頃の俺だった。 俺は燕尾服を着た自分が好きで、普段着のように着ていた。 あの国王も、そんな俺を見た事があるはず。 侍女は着替えのために外した鎖を、再び俺の足に嵌める。完璧だ。 俺が奴の立場なら、初めての夜は娼婦ではなく堕ちた皇帝を抱きたい。 住み慣れた離れの部屋を出て、侍女の先導で城の最上階。王の寝室へと向かう。 つい、五ヶ月前まではそこは俺の寝室だった。本来なら俺が持ち主である部屋の扉を、侍女が叩く。 「デイトリヒ様をお連れしました」 「ああ、通してくれ」 侍女が扉を開け、俺はそれをくぐり中に入った。 内装は、すっかり入れ替えられていた。俺が飾っていた絵画や俺が使っていた家具は無くなり、違う趣味のものに挿げ替えられている。 この部屋の現在の主人は、いかにも品の良さそうな中年の優男だ。 背は高くいかにも女に好まれそうな整った顔立ちをしている。 その男はバスローブを羽織っただけの姿で、ベッドの端に腰を掛けて座っていた。 「……お久しぶりですね、デイトリヒ陛下」 「ああ。イングラム、久しいな」 セシル・イングラムは前皇帝の時代から、外務大臣を務めていた男だ。 今はまだ40手前の筈だが有能で、父はこの男を高く買っていたようだった。 父を弑し皇帝の座を奪った後、俺は家臣から不満の出ぬよう基本的には役職はそのままにしていた。イングラムも特に仕事ぶりに問題は無かったから、そのまま外務大臣を続けさせていたのだ。 本当は、俺や父には気づかれぬように、私腹を肥やしていたのだが。 「貴方は変わりませんね。相変わらず、お美しい」 そう言って優雅に笑うこの男は、優男な見た目とは裏腹に相当な悪人だ。 我がアイルザン帝国の属国の外交官達から、多額の賄賂を受け取っている。いや、賄賂を強要していたの方が正しいか。 金を渡さぬ国は税を上げたり輸出入を制限し、その外交官の立場を失墜させた。 ある小さな属国の外交官は、賄賂の為に財産を失う羽目になった。その外交官は、その事を当時の皇帝である父に陳情しようとして、この男に敵国に内通していたという無実の罪を着せられ処刑されたそうだ。 それが、隻眼の養い親だ。 「貴様もな。……いつまで立たせておく気だ。椅子ぐらい勧めぬか」 「椅子……いいえ。座るのはここですよ」 そう言って、イングラムは自分の足元の床を指差した。 一瞬殺意を覚えたが、俺は黙って従い奴の足元に跪く。下から見ると、バスローブの合わせ目から黒々した性器が覗いていた。 見た目は優男の癖に、中々ご立派なものをぶら下げているものだ。 舌を伸ばして舐めようとすると、やんわりと手で遮られる。 「何をなさるのです?デイトリヒ様」 「何をだと?分かっているだろう……貴様のちん×を舐めようとだ」 「私はまだ、舐めろとは言っていませんよ?」 「なら、早く言え……貴様のちん×は、実に……良さそうだ、早く舐めたい」 内腿に頬を擦り付けて、股座に顔を埋める。半勃ちになった性器に舌を這わせた。 イングラムは、くっくっと喉を鳴らす。俺の頭に手を置いて、見下した目で俺を見ていた。 「すっかり、男に狂ってしまわれたのですね」 「ん、ふ……貴様が、命じたのだろう。毎晩毎晩犯され続けて、もう身体に染み付いているのだ……」 「別に命じてはいませんよ。……城中の皆が、貴方を犯したかった。だから、自然とああなったのです」 てっきりこの男の悪趣味かと思っていたが、そうではなかったようだ。この俺を犯したいと思っていた者たちの暴走だったのか。 実に腹立たしい。俺を強姦し精液便所に使っていた奴らは、誰の命を受けた訳でなくただ自らの欲望に従っていたのだ。 勝手に自慰のネタにでもしておけばいいものを。 「……貴様も、俺を犯したいと思っていたか?」 そう問うてみると、イングラムは瞳に欲望を灯し、俺の頭を鷲掴みにした。 そのまま、口の中に性器を押し込めてくる。 風呂に入ってきたばかりなのだろう。性器の生臭い匂いはない。今や、それを多少残念に思うほど、俺の舌は男の味を占めた。 喉の奥に突き込まれ、激しくイラマチオされる。だが、この程度慣れたものだ。 口が塞がれ息が苦しく、喉奥を犯され吐き気がこみ上げるが、堪えて喉で性器を締め付ける。出し入れされる動きに合わせて、舌を絡ませた。 口元からは唾液が、目元からは涙が、それぞれぼたぼたと垂れ落ちる。 「はあ、なんてっ、いやらしくなられたのですか……口を無理矢理に犯され、それでも奉仕できるほど……」 「んぶ、ん、ぐ、んぷっ」 「……もちろん、私も犯したかった。このように、男狂いになって、あのオルガ・ローレンスタのような、卑猥な男娼になった、貴方を」 「ん、んー、ぶ、ぐ、んんっ」 頭をガクガク揺さぶられ、だんだん辛くなってきたが、それでも強く吸いながら奉仕する。早く射精するように、念入りにだ。 「ふ、くっ……出ます。口で受け止めてください」 一旦引き抜いた性器を扱きながら、イングラムは言った。俺が口を開け舌を出して待つと、口内目掛けて粘ついた粘液が吐き出される。びゅるびゅると口に溜まる熱い精子を、俺はうっとりした顔を作り受け止めた。 「沢山出ましたよ……ほら……まだ、飲まないで……味わってください」 俺が口の中を精子塗れにしているのを見て、楽しんでいるのだろう。指を口に入れて、白濁を敏感な上顎に塗りつけられる。擽ったさに身体が震えた。 顎が疲れるし、唾液が溜まってくるから早く飲み込んでしまいたい。だが、そんな風に俺が困るのを見たいのだろう。 「……いいですよ、飲んで」 「ん、んくっ……ンッ……くふ……貴様の濃いのは、美味しい……ああ、まだ残っているな」 口を開けて飲んだ事を確かめさせた後、イングラムの萎えた性器に再び吸い付いて、ちゅうちゅうと尿道に残った分も吸い出す。 そうしている間に、イングラムはまた勃起した。黒くて艶のあるいい性器だ。隻眼の方がでかいし、マクスウェルの可愛らしい巨根の足元にも及ばないが。 それなりに挿れがいはありそうだ。 「イングラム……そろそろ口より、尻を使え」 「命じるのは私の方ですよ」 「なら、早く命じろ……欲しいのだ、イングラムのちん×を挿れて欲しい……」 「もっと、いやらしく強請って見せてください。………男娼らしくだ、デイトリヒ」 口調を崩して嗜虐的に言うと、イングラムは俺の腹を裸足のつま先で突いた。その足を取り、足の甲に口付ける。内心では、どうやって嬲り殺そうか考えながらも、表情には出さない。 足の指を舐めてから、イングラムの足から手を離す。 そして床に這い蹲ると、俺は燕尾服の下をずらし尻を出した。 片手で尻肉を広げで見せ、露出した尻穴に指を入れる。 慣らす必要など無いほど、もはやこの部分は淫らな性器だ。その場所を穿つ指を、ぬぷぬぷと動かして見せる。 「……どうかこの男娼めに、仕事をさせてくれ。イングラム…様」 イングラムは微笑んで、俺の首根っこを掴んでベッドに引きずり上げた。 床では無くベッドでされるようで安心する。床で長い事這い蹲ると、膝が痛いからな。 どうやら燕尾服の俺を犯したいらしく、脱がせはしないようだ。片足だけズボンから引き抜き、ぱくりを足を開かされる。そうすると、期待に下腹が震えた。 「ああ。では、仕事をさせてあげよう」 ぐぷっと一気に貫かれ、身体が跳ねる。敏感になった内部を熱い楔が穿つ感覚に、自然と声が出た。 「あは、あー……んんっ」 「挿れただけいい声で鳴くのですね……もっと鳴かせたくなる」 「あ、んあ、はあ、んっ、い、いい、ああっ」 淫らな声を上げ、イングラムの動きに合わせて腰を揺らし中を締め付ける。中をきゅうと締めると、よりはっきり内部の男根の形を感じて、快楽が強くなる。 「こんなに、締め付けてっ、くっ、そんなに男が好きなのですか、淫売が」 「んう、ああ、い、いんぐ、ら、ああ」 徐々に身体は昂ぶってくる。俺の勃起した性器からはダラダラと先走りが垂れているが、ここへの刺激では俺は中々射精しない。 だが、隻眼の特訓のおかげで……いや、せいで、か?俺はすっかり尻を犯され射精せずにイく雌イキを覚え込んでしまった。 言葉では責めるが、イングラムは焦らさず良い場所を突いてくれる。もう既にイケそうだ。 だが。もう少し我慢だ。 射精感を堪え、快楽で歪んでしまう表情を、よりだらしなくさせる。 あの晩。 俺の腹の上でルイス・ディスターに抱かれていたオルガの顔を思い出す。 「いい、あ、んあ、イン、グラ、あ、んむ、はぁ、ふぅっ、いんぐ、らむぅ、あんっ」 イングラムの瞳が揺れる。戸惑っている。当然だ。そんなつもりで抱いていないだろう。 オルガが俺に跨ったままディスターに抱かれていた時。あの男の表情ときたら、蕩けきり、幸福そうで、愛しい男の寵愛を受ける喜びに満ち溢れていた。 当時は俺のマクスウェルを殺したあの男が、あんな顔をしているのが我慢ならなかったが、今となっては良い手本だ。 こんな顔の俺を抱いて、興奮しない訳はない。 腹の中のイングラムがぐぐっと張り詰め、抽送が激しくなる。パンパンと肉のぶつかる音が響いた。それに負けないよう、淫らに喘ぐ。 「ひ、あんっ、い、イく、いんっ、ああ、グラむっ、ああ、お、れは、いんぐ、らあ、あ、イっちゃ、あ、ああ」 我慢できなくなり、俺は中を強く締めて絶頂した。身体が勝手に戦慄き、背中がグンと反る。悲鳴のような声が無意識に出てしまう。 この脳が焼けそうな激しい快楽には、まだ慣れない。 つま先までピンと伸びて、ビクッビクッと震えた。 「はっ、くっ……締まる、うっ」 イングラムが快楽に顔を歪め、俺の中に射精した。熱い精液を腹に受けながら、俺の身体は力を失いベッドに沈み込む。 俺は絶頂の余韻にびくびくと痙攣する身体を自分で抱き締め、快楽に浮かされたまま、イングラムを見上げる。 あの時の、ディスターの精を受け微笑んでいたオルガの顔を真似る。 雌イキが気持ち良すぎて、上手くできているかは少し自信がない。 「……貴方は……誰にでもそのような顔で……」 「ん、は、顔……な、にが……あっ」 「まるで、恋人に抱かれているようですよ」 「はっ、……っち、がうっ、俺は、貴様の事などっ……う、くぅ。見るな、顔を見るなぁ」 顔を腕で隠して、身体を震わせる。 出したばかりのイングラムの性器が、腹の中でまた膨らんだ。 「……は、ははは。まさか、貴方が私に懸想を……そんな事、気づきもしなかった」 それはそうだ。懸想などしていないからな。 イングラムは俺の腕を無理矢理引き剥がすと、俺の泣きそうな顔を嗜虐的な顔で見下ろした。 そのまま、また膨らんだ性器で俺を犯す。 「惚れた男に、性処理の為だけに抱かれるご気分は?デイトリヒ様」 それから、一晩中抱かれた。 隻眼ほどじゃないが、精力の強い男だ。優男のくせに。 俺は情けない嬌声をあげ、淫らに何度もイッて見せた。だんだん、イき過ぎて訳がわからなくなりそうだったが、それはそれでイングラムは楽しそうだった。 「ひ、あ、もぉ、だめ、し、ぬ、あ、ああ、い、ぐ、らぁ、ん、ああ、す、好き、だ、…い、イく、んああああっ!!」 三度目の中出しを受けた時に、俺はやっと自身の性器からも精液を吐き出した。 その時に『つい、うっかり言った』ふりでイングラムに告白してやる。 イングラムの顔が、優越感と、満たされた支配欲に綻ぶ。 それを見上げながら、激しい余韻に身体を痙攣させている内に……疲れ果てた俺は、寝落ちてしまった。 ※※※※※ 「起きろ」 顔をすべすべした物でペチペチと叩かれ、目を開く。 いつの間にか、俺はいつもの自分の部屋に居て、ベッドの上には隻眼が居た。前を寛げて、下半身を露出している。 萎えた性器で頬を打たれたようだ。 「…………なんていう起こし方だ」 「お前は嬉しいかと思った」 「貴様は、絶対、許さん。いつか尻に腕をぶち込んでやる」 隻眼は最近、たまにこういう意味のわからない冗談をするようになった。 実は、そう不快ではない。 そういえば、俺はマクスウェル以外に友人というものはいなかった。マクスウェルがいれば良かったし、マクスウェルも俺が他の誰かと仲良くするのを嫌がったからだ。 隻眼は……もしかしたら、友人と呼べる関係になりつつあるかもしれない。 ここ最近は時々そう思う。 「昨夜はどうだった」 「奴は俺が自分に惚れていると思い込んだぞ。ハッ!馬鹿な奴だ。きっとまた俺を伽に呼ぶだろう。油断して口付けしてきたら、舌を噛み切って殺してやる」 「無理もない。演技練習の時、オレも感違いしかけた」 「……気色の悪い事を言うな。マクスウェルの息子に惚れてたまるか」 吐き捨てると、隻眼はくっく、と笑った。初めは険しい顔ばかりだったが、笑顔を見る事も珍しく無くなってきた。 不思議だ。 顔は全く似ていないし、雰囲気も全然異なる男なのに。 笑った目元の皺は、マクスウェルと同じだ。 「お前は、今日は何の用だ?俺は疲れているんだがな」 「これを……荷を整理していたら出てきた」 それは、一枚の手紙だった。 開くと……そこにある筆跡は、マクスウェルのものだった。 「遺言だ」 ぞくり、と。 背筋が冷えた。 マクスウェルの、独白が書かれた……遺書。 指先が震えるのを堪え、俺はその手紙を開く。 『我が息子へ。 私は罪を犯した。恨んでいる事だろう。だが、血を分けた父の最後の懺悔を聞いてほしい。 私は、王妃の若かりし頃の恋人であったが、王妃は皇帝との縁談をとり私を棄てた。 それを、恨んでいる自覚はなかった。あの日。デイトリヒ様がお生まれになるまでは。 王妃の生き写しを見て、私は全てを決めた。残りの半生は、この子を犯して過ごすと。 王妃と皇帝に対する復讐の為だ。 二人の大事なものを、踏みにじりたかったのだ。 哀れなデイトリヒ様には、申し訳ない事をした。 復讐と、私の慰みの為に、彼の人生を狂わせた。 せめて、彼の望む恋人を演じる事が、私の贖罪だった』 身体から、何が大事な物が抜け落ちて行くのを感じる。 そこから先には、まるで官能小説のように、マクスウェルと俺との情事が詳細に書かれていた。これも、懺悔なのだろう。 マクスウェルは……こんなに、愚かな男だったのか? 最後の一文は、こう締めくくられていた。 『デイトリヒ様を守ってくれ。私を愛する事しか知らない、可哀想な人だから』 手紙を、隻眼に返す。 身体が震えていた。ひどく、寒い。眩暈がして、今まで身体の中にあった支えが無くなったような錯覚を覚える。 「……もう、あの男を忘れろ」 そう言って、隻眼は俺の身体を抱きしめた。今は抱かれたくないと思ったが、隻眼も下肢には触れてこなかった。 体温だけを、分けてくれているようだ。 硬い胸板に、顔を埋める。 泣くのは、マクスウェルが死んだ時以来だった。

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