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第2話

 そんな佳以ももうじき三十歳になろうとしている。優しく可憐な容姿は少年時代からほとんど変わっていないが、すでに大人といっていい年齢になり、それに従って、祖父もフルタイムでの開業医生活がつらくなり始めていた。 「僕が後を継げればいいのに……」  小さくつぶやきながら、佳以はうつむいた。  シャワーを浴びたばかりで暑いので、風呂上がりのTシャツとショートパンツという姿のため、視線を落とすと、自分の太股が目に入った。 「なんだか……」  佳以の白い太股には、目立つ痣のようなものがあった。まるで五弁の花びらのような赤い痣。直径が五センチほどのかなり大きいものだ。この痣は生まれた時からあるものだと、祖父に聞いていた。子供の頃には薄赤い程度で、お風呂であたたまったり、熱を出したりしなければ、それほど目立つものではなかったのだが、成長するに従って、大きくはっきりとしてきたように思う。今は何もしなくても、花びらの形まではっきりわかるくらいになってしまった。特に痛みなどもないのだが、一見するとタトゥーのようにも見えてしまうので、自然とプールや温泉などは避けるようになっていた。 「なんだか……本当に花みたいに見えてきたな……」  軽く指でなぞると、なぜか少しだけ熱を感じた。  カイは足元まであるゆったりとしたワンピースのようなものを着ていた。はっとして、そっと膝に抱いていたローリーを下ろすと、衣服の裾をめくり上げて、右の太股の内側を確認する。 〝あった……〟  そこには、赤い五弁の花が咲いていた。もう痣などというレベルではなく、はっきり『花』とわかるほどだ。 「砂漠の花……」  無意識につぶやいて、そして、カイは自分の記憶の扉が音を立てて開くのを感じた。 「ここは……ロシオン……」  ここはロシオンという国だ。国の五割近くが砂漠であり、今も徐々にそれは広がり続けている。  空はいつもラベンダー色に晴れていて、雨が降ることはほとんどない。それだけに、国の砂漠化はとても深刻な問題だ。ロシオンは、地下資源を他国に売ることによって、食料などを確保している。しかし、その資源も決して無限ではない。 「……砂漠……」  遠くに見える赤い砂漠。カイはゆっくりと立ち上がると、窓を開けた。吹き込む風はわずかに細かい砂を含んで、カイの滑らかな頬を叩く。 「今日は風が強いぞ」  ふいに聞こえたよく響く声に、カイははっとして振り向いた。 「お父さまっ!」  ローリーがぱっと駆け出す。 「お父さまっ!」  飛びついてきたローリーを軽く抱き上げ、少し唇をゆがめて微笑んだのは、目映いばかりの金髪を輝かせた美丈夫だった。鋭い目は金色に近いほど淡いアンバーだ。凜々しく整った容姿は、高貴な雰囲気に満ちている。艶やかなダークグリーンの上着には、金色の刺繍が豪華に施されて、その人の身分がとても高いことを示していた。 「よい子だな、ローリー。また背が伸びたか?」 「大きくなったよ、お父さま!」  カイはすっととその場に膝をついた。肘を折り、両手の指先を肩のあたりにつけて、優雅に一礼する。 「いらっしゃいませ、オスカー様」 「様はいらないと言っているではないか」  鷹揚に笑いながらも、その視線は鷹のように鋭い。 〝そうだ……この人が、今の僕を庇護……いいえ……支配する人……〟  カイはゆっくりと立ち上がると手を伸ばして、窓を閉める。この人がここに訪ねてくる目的はただひとつだ。  砂漠の国ロシオンの第一王子であり、皇太子殿下と呼ばれる人。それがこの人だ。 「ローリー、私はカイに用がある。私が呼ぶまで、オリビアのところで遊んでおいで」  ローリーの頬に軽くキスをしてから、そっと床に下ろす。ローリーは「はい、お父さま」と頷いて、部屋の外に出ていった。 「……今日おいでになるとは思っていませんでした」  カイは小さな声でつぶやいた。 「なぜだ? おまえは私の動向がわかるのか?」  オスカーは愉快そうに言うと、大股にカイに歩み寄る。彫刻刀で削り出したような男らしい横顔で笑う人は、この国の次期国王となる身だ。彼はたくましい腕を伸ばすと、ぐいとカイを抱き寄せた。 「……っ」  細い顎を強い指で掴み、少し強引に上を向かせると唇を重ねてくる。 〝ああ……そうだ……〟  まるで人形のように抱きしめられ、ベッドに乱暴に押し倒される。 〝僕は……この人の寵姫なんだ……〟  タペストリーや複雑な織り模様の絨毯で飾られた豪華な部屋。身につけていたシンプルな衣服が剥ぎ取られ、ふわりと絨毯の上にうずくまるのをぼんやりと見る。  寵姫。  それが自分の置かれた立場なのだと、カイは思い出す。 「……あ……っ!」  前戯もほとんどないままに、体内に食い込んでくる彼の熱い楔に押し出されるように、カイは掠れた声を上げる。  ここは、野々宮佳以が生きていた世界とはまったく別の世界だ。ここでの佳以は『カイ』という、たった一つだけ覚えていたその名を名乗り、この国有数の権力者である皇太子オスカーの寵姫として、ふっと風のように訪れる彼に抱かれるためだけに生きている。 「……あ……ああ……ん……っ!」  カイの悩ましい声が響く。 「おまえは……ここが好きだな」  オスカーの吐息混じりのささやきが耳朶を嬲る。 「ここに……触れただけで、おまえの身体が熱くなるのがわかる」 「やめ……て……っ!」  彼の長い指が、カイの太股の内側にある五弁の赤い花びらをくすぐるように撫で上げる。たったそれだけの刺激で、カイのほっそりとした身体はしなるように仰け反り、軽く痙攣してしまう。 「やはり……おまえはここが一番いいのだな……」 「あ……ああ……っ! そこは……やめて……ああ……ん……っ!」 「ああ……すごい……な……すごく……おまえがほしがっているのが……わかる……」  激しく中を突かれて、カイの華奢な身体はめちゃくちゃに揺さぶられる。 「もう……許して……くださ……い……」  泣きながら哀願しても、決して許されることはない。彼が満足するまで、カイは彼の熱い欲望を受け止め続けなければならない。  大粒の涙をこぼしながら、カイはただ砂色の天井を見上げる。 「……っ!」  熱い精をたっぷりと注ぎ込まれた瞬間、カイはふと……何かを感じていた。  懐かしい……切ない……何か。

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