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第6話
千里は思わずうっとりと息を吐いた。
「まいったな……」
胸元を押さえてぼやく。困っている原因は言わずもがな、敏感になった乳首だ。散々責められた乳首がずっと腫れて立ったままで、それが動くたびにシャツと擦れてしまうのだ。
「ん……っ」
あとで絆創膏でも貼っておこうとは決めたのだが、一度刺激を受けてしまった身体を先に治めなくてはいけない。だが普通に自慰をしてもこの燻りは解消できないだろう。
「ぁ……」
ぞわり、また乳首が擦れて熱が下りる。後孔が疼いている。
(ディルド使うの怖いんだよな)
モモからやり方は伝授された。だが千里は未だ自分で後孔を慰めたことはなかった。理由はあの切なさを一人でやり過ごせる自信がないからと、単純に玩具が怖いからだ。
「ん、……くそ」
しかしこのまま、サクヤがくる明日まで悶々としているわけにもいくまい。千里は意を決してバスルームへ向かった。
自分のために準備をする日がくるとは思わなかった。ベッドに敷いたタオルの上に座り手の中のディルドを見つめる。
(大丈夫、オレのより小さいし……)
千里は深呼吸して、一旦ディルドを置いた。指で解すうちに気持ちよくなれれば使わなくてもよくなるのだし、そんなに怖がることでもない。
手にローションを馴染ませ、そっと後孔へ挿し込む。今までと違って少し快感を感じた。千里はなるべく我に返らないように無心で前立腺を探した。
「ん、ふ」
サクヤの触れ方を思い出しながら指を動かす。はじめよりずいぶん慣れたと思う。指を折り曲げて刺激すると甘い痺れが襲った。
「は、……あっ」
広い部屋に千里一人の乱れた息が溶けていく。早くも二本目を追加して欲を鎮めようと試みるが、千里は薄々駄目そうだと感じてきた。指では疼く深い場所まで届かない。
一度指を抜いておそるおそるディルドを掴む。普段サクヤのものを受け入れているのだからなんてことは無いサイズだ。千里は意を決してディルドにローションを纏わせた。
「う、……ッ、ん」
自重を利用して挿入していく。体温のない物が侵入した感覚のせいで快感を手放しに喜べない。へたりと腰を落として千里はしばし呼吸を整えた。
「……どう、しよ」
思ったより気持ちよくなれない。サクヤで慣らされてしまったからだろうか。少しずつ腰を揺すってみるが頭が冷静さを取り戻してしまっている。
千里は自分の胸を見下ろし、赤くなっている突起をそっと摘んだ。軽く捏ねると身体が興奮を思い出してきた。敏感になって困っているのにさらに弄ってしまっては本末転倒なのだが、他にこの行為を終わらせる手段がわからない。
「ふ、ふ……っ」
ディルドを抜き差ししてもあまり悦くない。座り込んだまま、乳首を摘んで性器を扱く。ひくりと締めつけるとそこに質量があるので疼きはごまかせた。
「ん、ぅ……サクヤさん……ッ」
うわ言のように名前を呼ぶ。明日には会えるというのに切なくてたまらない。早く触れたい。触れられたい。
「っ、あ」
ぶるりと震えて千里は精を吐き出した。結局ほとんど前の刺激で達してしまった。
「は……」
どこかすっきりしない気持ちでディルドを抜く。消化不良というか不完全燃焼というか。これは余計に悶々としてしまったのではないか。
「サクヤさん~……」
千里は虚しさに枕へ突っ伏して呻いた。
「やっほーちさとくん」
「こ、こんばんは」
歯切れの悪い千里にサクヤが首を傾げた。
「どうしたの、なにか調子悪い?」
「えっ、そ、そんなことは」
声がうわずってしまった。サクヤは笑みを引っ込めると上着を置き、ベッドの上から動けない千里へ歩み寄った。両頬を包まれ見つめられる。
「いつもより目がとろんとしてるけど……顔も赤いね。風邪引いちゃった?」
「ちが、ちがうんです、風邪ではなくて」
真剣なサクヤの顔に見とれてしまってから慌てて否定する。正座した膝を擦り合わせる様子をどう解釈したのか、サクヤは隣に腰掛けて千里の肩を掴んだ。
「駄目だよ隠しちゃ。ちゃんと言って?」
「あ、う」
「具合悪い子は抱けないよ。どうしたのちさとくん」
サクヤが思いの外真面目な顔をするので千里は申し訳なくなり、真っ赤になって俯いた。いっそ具合が悪いことにしてしまおうかと思ったが、それでは自分の首を締めるだけだ。
「悪い子なの?」
「! 違いますっ」
「じゃあ言ってごらん」
「……っ、か、身体が、その」
「うん」
「……火照った……ままで……」
「……」
シャツの裾を握りしめて引っ張る。無言になったサクヤが肩から手を離し、丁寧に千里の指を解いていった。静かな動きに油断したところでサクヤが太腿を押し開いた。
「ひ……!」
たくし上げられたシャツの中から、硬度を持った千里の性器が現れた。サクヤは上向いた千里のそれをまじまじと眺めると、楽しげな笑顔を浮かべた。
「へーえ? どうしてこんなふうになっちゃったんだいちさとくん」
「う……」
「なに、俺が来るのが嬉しくて?」
「ちっ、ちが……ッ! これはその」
隠したくてシャツを引っ張るがサクヤは離してくれない。千里は恥ずかしさで半泣きになった。
「乳首が……っ、擦れて」
「うん」
「それで、は、反応してしまって」
「一日あったでしょ、自分でしなかったの」
サクヤが千里の腰を抱き寄せる。それだけでぞわりとしてしまった。
「し……しました」
「前だけ?」
「ぁ、う、うしろも、でも」
顎を掬われサクヤと目を合わせられた。心臓が五月蝿いほど脈打っている。
「でも?」
「……ッ、うまくできなかったんです……」
「玩具使っても?」
「はい……」
「イけなかったんだ」
「は、い」
「それでずっと、発情したまま」
「はつじょ……っ」
「そうでしょ? 俺に会う前からこんなにしちゃって」
「う、うぅ」
サクヤは心底楽しそうだが千里としては全く楽しくない。
「俺に抱かれるの心待ちにしてるんだね」
「~ッ!」
「ずいぶん淫乱になったなあちさとくん」
「さ、サクヤさん……ッ」
僅かに残った反抗心を声に乗せると彼はくつくつと笑って顔を近づけた。びくりと目を瞑るが触れた感触はない。目を開けると目の前で待ち構えていたサクヤが唇を当てるだけのキスをした。
「じゃあ今日は練習しよっか。玩具で気持ちよくなれるように」
「え……」
すっと離れたサクヤが引き出しを開ける。取り出したのはパステルカラーのバイブだ。モモにすすめられたものの倍は長さがある。
「い、いやです」
「頑張ろうね~」
意見を無視され後ずさる。当然逃げられず組み敷かれ、千里は瞳を潤ませて訴えた。
「いやです、サクヤさんっ」
「大丈夫だよ、俺と一緒にするんだから」
「それでもむりです……っ」
「ちゃんと覚えなきゃこの先つらいでしょ。毎回おっ立てて俺を出迎えたいっていうならいいけど」
「うぅ」
サクヤがやる気満々で腕まくりをした。千里は普通に抱かれたかったのに。いや、抱かれるのを渇望しているわけではない。ないはずだ。
「ふふ、怖がってるのに萎えないね」
「い、言わないでください」
「乳首も、シャツの上からでもわかるよ」
「あっ♡」
つん、と乳首を触られただけで甘えた嬌声を上げてしまった。サクヤが少し驚いた顔をするので千里は両腕で顔を隠した。
「ほんと今日はえっちだねちさとくん」
「やめて……っ」
「お、無理やりプレイするかい?」
「ひぁ、あぁぁッ♡」
布越しに両の突起を抓まれ仰け反る。昨日から悶々としていたせいで与えられる刺激が普段の何倍も気持ちいい。声が抑えられない。
「かわいいね」
「サクヤ、さッ」
「もっとしてほしい?」
「ちが、あ~ッ♡」
「うしろ解してくね」
「だめ、とめてぇ♡ あッ♡」
ひくついていた後孔がサクヤの指を難なく飲み込む。自分でも同じことをしたのに、サクヤに触られるとどうしてこうも溺れてしまうのだろう。
「うぁ、あ、ぁ♡」
「すごいうねってる」
「ちくび、も、だめ♡」
「なんで? 気持ちいいでしょ」
「だめ、おねが、イく、イっちゃ、ぁ♡」
ばちりと視界が弾ける。まだほんの少し触られただけなのに千里はドライで達してしまった。
「ッ、ぁ、~~ッ♡」
「……はは、もうイったの?」
くったりした千里をサクヤが撫でた。自分でも驚いているうちに指が増やされ思考が蕩けていく。
「あ、あぁ♡」
「ノリノリだねー」
「さくやさん、さくやさ、ぁ♡」
まともな言葉も出ない。三本に増えた指をはくはくと締めつけて千里は悶えた。
「もうとろとろにしちゃった。これならすぐ入るね」
「あぅ、やだ……♡」
「ほら足開いて」
サクヤがバイブを宛てがう。無機物を体内に入れるのが怖い。ふるふると頭を振るとサクヤはにっこり笑って内腿にキスをした。
「ひ、ぁあっ♡」
バイブが後孔に埋められた。千里はシーツを掴んで慣れない質量になんとか耐えた。太さはそれほどないが、サクヤのより奥まで入ってきたので逃げたくなる。
「さくやさんっ、ふか、い」
「よしよし、受け入れられてえらいね」
バイブをゆすりながらサクヤが頭を撫でる。まともに息ができない。硬い質量が体内に鎮座して、それがおそろしくて涙が零れた。
「ぬいて、くださいっ」
「痛くはないでしょ?」
「やだっ、こわい、むりです」
年甲斐もなくめそめそとしているとサクヤが優しく笑って千里への愛撫をはじめた。そちらに逃避したいが、感じれば嫌でもバイブの存在を認識してしまう。
「ゆっくり息してごらん」
「ん、う……っ」
「力抜いて。ほら、怖くないよ」
少しずつバイブが抜き差しされる。慈しむように身体に触れられてようやく千里は息を吐き出した。シリコンが腸壁を擦りあげる感覚に無理やり慣れさせる。
「ふ、は」
「そう、いい子いい子」
「うぅ……っ、さくやさんっ」
「大丈夫、気持ちいいのだけ考えよう」
「ん、んん」
大人しく言われた通りにしていると徐々に気持ちが落ち着いてきた。それを見計らったように、サクヤが乳首をきゅうとつまみあげた。
「あ♡」
「もっと溺れていこうね」
「まっ、て、ん♡」
乳首への刺激とバイブの突き上げが連動して腹の奥が苦しくなる。だんだんと快感が全身に広がって千里の頭から恐怖が薄れてきた。
「あ、あ♡ あぁっ♡」
「気持ちいいねちさとくん」
サクヤの声が脳を蕩かしていく。切なくて手を求めると彼は楽しそうに微笑んだ。
「手握っててあげるから、次もがんばろっか」
「ん♡ つ、ぎ?」
サクヤがバイブの抜き差しをやめる。微かに聞こえた音に疑問符を浮かべた千里はすぐに身体を跳ねさせた。
「え、ぁ、ああ」
バイブが体内で震え出す。バイブなのだから振動するのは当たり前なのだが、千里は全く心の準備ができていなかった。
「ひ、だめ、さくやさんっ、だめッ♡」
「イけるまでがんばろうね」
「あ、あぁ、あ────ッ♡」
ふたたび息が詰まる。振動が無遠慮に快楽を叩き込んでくる。強制的に絶頂へ追いやられる感覚に千里は悲鳴を上げた。
「いや、さくやさ、ッ♡ やだ、や、あ゛っ♡」
「さあイけるかな」
「むり、ひ♡ うごくの、だめ、やだ♡」
バイブが震えながら出たり入ったりしている。気持ちが良くないわけではない、でも溶けてしまうような甘さはない。こんなものは暴力的だ。
「やだ♡ もうやだぁ♡ とめて、おねがい♡」
「あと少しだよ、がんばろ?」
「うぅ~っ♡ や、んひッ♡」
サクヤが手を解いて乳首への責めを再開した。快感が大きすぎる。懇願の声がただの音でしかなくなって、千里は前後不覚に陥りながら頭を振った。
「あーッ♡ やぁ♡ うぁぁぁッ♡」
「もう少し、ほらもうすぐだ」
「とめて、とめてぇッ♡」
「だめ。ちゃんと覚えて、玩具の感触と、俺の手と、一緒にね。玩具を使ったら思い出せるように」
悪い笑顔でサクヤが千里の身体をまさぐる。着実に絶頂が近づいている。普段より駆け足で快楽が張り詰める。
「だめ、も、あ♡ あぁぁ♡」
掠れた声で喘ぐ。千里は自由の効かない身体を何度も痙攣させてひときわ大きく悲鳴を上げた。
「ぅあぁぁ~~~ッ!♡」
千里は頭を真っ白にした。しかし無機質なバイブは未だお構い無しに振動を与え続けて、許容を超える快感が体内を暴れ回った。
「あ゛~ッ♡ とめ、とめてぇぇッ♡」
髪を振り乱してサクヤに縋る。死ぬ、このままでは死んでしまう。
千里が叫んで仰け反ったところでようやくバイブのスイッチが切れた。質量がようやく取り払われる。
「……ひ……ッ♡」
「ふふ、すっかりトんでるね。えっちだなあ」
「ぅ……ぁ♡」
指先すら動かせない。本当に暴力と呼べる刺激を受けた。
「玩具も気持ちいいって分かったでしょ?」
「……、ふ……ッ」
千里は感情がコントロールできなくなって泣き出してしまった。サクヤが驚いた顔をするが涙は止まらない。
「あー、ちょっといじめすぎたかな」
いじめている自覚があったのか。
「ごめんねちさとくん~」
「うぅ……っ」
「よしよし、ちょっと刺激強かったね」
「ふ、さくや、さん」
「これからは普段から玩具使って少しずつ慣れてこっか」
抱き寄せられあやされながら、千里は回らない頭で返事をしようとした。
「さくやさんのが、いい……」
ぽろりと本音が出てしまってから口を押さえても遅い。おそるおそるサクヤの顔を見ると、とても複雑な表情を浮かべていた。彼は天井を仰いでため息をつくと手荒に千里を押し倒した。完全に自滅だ。
「それじゃ、お望み通りにしてあげよう」
「……ぁ、まって、今は」
「待たない」
柔らかな雰囲気を取り払ったサクヤが千里の脚を持ち上げる。抵抗する体力が戻らないまま、千里は今度はサクヤの昂りに貫かれた。
「んあぁっ♡」
熱が千里の中で脈打っている。望んでいたものを与えられて全身が沸き立った。散々蕩かされた身体はくたりとして跳ねる力もないが、それでも精一杯快楽を受けて波打つ。
「あ゛♡ ぅあぁ────ッ♡」
本当に壊れてしまいそうだ。サクヤの手がしっかりと腰を捕まえているので上に逃げることもできず、作り物ではない確かな熱が何度もナカを穿つ。
「やあ゛ぁッ♡ しんじゃうっ♡ おかしく、なるッ♡」
「あぁ……可愛いよちさとくん」
「さくやさ、さくやさんッ♡」
シーツを掴む握力も無くし、千里はうわ言のようにサクヤを呼んで境目が分からないほど達した。
「ちさとくん……っ」
サクヤがひときわ深く腰を埋めて、どこか切なそうな表情をした。
「は、ぅあ゛♡ あ~っ♡」
バチリと頭がショートする。身体全部が熱い。
千里は普段の寝落ちではなく、強すぎる刺激に耐えきれず意識を飛ばした。
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