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第2話

 やっとの思いで海里は砂浜にたどり着いた。  青年は細身ではあるが、海里より身長も体格もいい。  海里の自宅は海岸からさほど離れていないが、意識のない彼を運んで行く自信はなかった。  海里が思案に暮れている間に青年は目を覚ました。  彼の瞳は空や海の色よりも澄んだ美しいマリンブルーだった。  学生時代にレアアースの調査団に加わってベリメール王国へ行った時、このような美しい瞳を見た。  北欧の国ベリメールでは、彼のような瞳や髪の色をした人が時々いる。  長いまつ毛に縁どられた切れ長な瞳をしばたたせると、彼はいきなり海里を抱きしめ押し倒した。 「なにすんだ! 寝ぼけてんのか! どけ! 重てぇ――!!」  驚いた海里は大声を上げて暴れた。  ほどけないほど強く抱きしめてくる彼から『奇跡……それとも夢か?』と、忘れかけていた異国の言葉が聞こえてくる。  耳馴染んだ言語に海里は動きを止めた。海里を抱きしめていた腕の力が緩まり、わずかに体が離れてく。  青年はまるでキスでもしそうなぐらい熱い視線で、海里を見降ろしている。  くすぐったくなるような距離を広げたくて海里は手の平で青年を押し上げた。正気に戻ったらしい彼は海里から離れた。  青年が口にしたベリメールの言葉で、名前を尋ねてみたが彼は海里を見つめるだけで答えない。  大学時代にベリメール語を習得し話せるつもりだったが、大したことはなかったのだろうか。 「俺は羽田海里、25歳。おまえは浦島太郎? 桃太郎、金太郎、名無しの権兵衛……」  やけくそになって日本語で適当な名前を呼んでみる。 「ラルス」 「えっ?」 「私の名前はラルスだ。太郎でも名無しの権兵衛でもない。権兵衛は名前だ。なのに名無しとは変だ」  おとぎ話の王子様のような容姿からは想像もできない、流暢な日本語が聞こえて来た。 「そ、それは、日本では名前がわからない人を“名無しの権兵衛”って言うんだよ」 「そうか、そのような単語は習わなかった。覚えておこう」 「それより、なぜ漂流していたんだ。家はどこ」  さっきまでくだらないことに反応していたラルスが、海に流された理由や家のことになると再び黙り込んだ。 「肝心なことは言えないんだな。じゃあ、警察に行くか」  すこしイラついて、きつい口調になった。 「警察は困る」 「まさか警察に追われているわけじゃないだろうな」 「私が悪人に見えるか」  ラルスの堀の深い顔を見つめる。  決して悪人面ではない。 「結婚詐欺師」  これだけの美貌ならちょっと甘い言葉をかければ、身持ちの堅い女でも心奪われそうだ。 「いや、無理か……」 「結婚詐欺師呼ばわりされるのも不本意だが、無理と言われても複雑だ」  眉根を寄せて青年は不満そうな顔をした。 「おまえほどの美形が自分に惚れるはずがないって思うから、詐欺に引っ掛からないかなって」 「では私が海里を愛していると言ったら」 「信じない。第一男同士だぜ」  即答した海里の答えにラルスは、難しい顔をして考え込んだ。  くだらない会話をしているうちにずぶ濡れだった服もだいぶ乾いてきた。 「そろそろ帰るから。おまえも家に帰るなり好きにしろよ」  歩き出した海里の後ろをラルスがついて来る。 「帰る方角こっちなのか?」  しばらくはラルスの帰る方向もこちらなのだろうと黙っていたが、さすがにたまりかねて尋ねてみた。 「海里の家」 「はあ?」 「好きにしろと、海里が言った」 「そうは言ったけど、それは……」 「男に二言はない」 ――誰だ! この外人に、くだらない日本語教えたやつは!  海里は心の中で叫んだ。

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