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第4話
次の日、朝食を食べ終わっても、ラルスはいっこうに帰ろうとしない。
相変わらず事情を話してはくれないが、うなされていたラルスを見ていた海里はむげに彼を帰す気にはなれなかった。
一緒に風呂へ入ったことによって情が移ったのかも知れない。
今日は日曜日で明日まで、海里はお盆休みを取っていた。
一日位ラルスに付き合ってあげてもいいかと、テレビを観ているラルスに海里は声をかけた。
日本は初めてだというので、とりあえず駅前に出かけた。
ラルスの着ていたオーダーメイドのタキシードはクリーニングに出したので、海里の服をラルスに貸した。
貸すと言っても海里より一回りも二回りも大きな彼に合う服など持っているはずがない。
ウエストがゴムのパンツは、七分丈だったはずが膝上なった。
大きめだったはずのシャツは胸のあたりが窮屈らしく、ボタンを何個か外している。
ラルスが着ると安物が高級ブランド品のように風格が出る。彼は超一流のファッションモデルのようだった。
町中の人がラルスを見ている。
かっこいい男が隣にいると引け目を感じるものだろうが、ラルスに対しては全く感じない。初めから彼とは張り合う気にもならないからかもしれない。
街行く女性達はラルスに熱いまなざしを送るものの、気後れするのか話しかけてこなかった。
ゲームセンターに入ると、ラルスはまるで子供のようにあちこち駆け回ってゲームを眺めていた。
お金を渡しても、ゲーム自体が初めてらしく、ただお金を握り締めたまま他の人がやるのを眺めている。
そのうちクレーンゲームの中に入ったイルカのぬいぐるみが気に入ったのか、そこを動かなくなった。
「それが欲しいのか」
「海里に似ている」
「そうか?」
可愛い顔をしているが、ちょっぴり目つきの悪いぬいぐるみに似ていると言われて海里は微妙な気分になった。
奥二重ではあるがそれほど細くないので、他人から目つきが悪いと言われたことはない。きっと出会ったばかりは、得体の知れないラルスを、このイルカのように睨みつけていたのかも知れない。
「どうやってこれを買うのだ」
ゲーム機をぐるりと回って不思議そうに眉根を寄せるとラルスが尋ねてきた。
「ゲームをやって成功すればもらえるよ」
彼は手元のボタンを興味深げに眺めている。
「やるのなら、あっちのお菓子にでもしたら」
「これが欲しい」
がんとした口調でラルスが訴える。
「ぬいぐるみが好きなのか」
「海里に似て可愛い」
「か、か、か、かわいい? バカ言ってんじゃねえ!」
背の高いラルスの頭を飛び上がって海里は叩いた。
「なぜ怒る」
「おまえは」
「ラルス」
「ラルスは可愛いと言われて嬉しいか」
「子どもの頃は言われたが、今は言われない」
「ああ、そうだろうよ。普通二十歳も過ぎりゃあな」
仕事の関係で海里は欧米人によくあう。決まって彼らは何故高校生がここに居るんだと聞いてくる。
「……18歳……」
ラルスはそっぽを向いて口を尖らせ、つぶやいた。
「えーっ! 7つも年下!? 詐欺だ……」
世間知らずとは思っていたがまさか十代とは考えもしなかった。
歳より幼くみられる海里にとってうらやましい限りだ。
しばらく海里はショックから立ち直れずにいると、沢山のぬいぐるみの入った袋を抱えたおじいさんと女の子がやってきた。ふたりはラルスの見ているクレーンゲームの前に立った。
ゲームを始めたおじいさんは4回目にして、目のぱっちりとしたイルカを手に入れた。
女の子は嬉しそうにイルカを抱えて、おじいさんと去っていった。
おじいさんの動作を真剣に見ていたラルスは、ゲームにお金を入れるとボタンを押してクレーンの操作を始めた。たった4回見ていただけで操作を習得したらしい。
1回目は見当はずれな場所にクレーンは降りたが、2回目は落とし口の近くまで目つきの悪いイルカを運んだ。
ビギナーズラックというのか才能があるのか、3回で見事にイルカを穴に落とした。
「おお、スゲー!」
思わず叫び海里がハイタッチを求めるとラルスはイルカを抱えたま満面の笑顔で軽く手を合わせた。
屈託ない彼の笑顔を見ると海里の心臓がわずかに速まった。
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