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第5話
60㎝はあるイルカを抱えてゲームセンターを後にしたラルスは、今まで以上に人目を引いている。
海里に似ているから欲しいと言われたイルカを、大切そうに彼は抱えている。そんな彼と視線を合わせるのが怖いくせに、時々吸い寄せられるように海里は視線を向けた。
繁華街の角を曲がると黒いスーツ姿の背の高い3人の男達がいた。
一般人らしからぬ暴力団とでもいうような風体だった。
横を歩いていたラルスは立ち止まり海里の手をつかむと、今来た道を走り出した。
男達が追いかけてくる気配がする。
往来には人があふれていたおかげで男達との距離は広がっているようだ。
「ちょ、ちょっと……」
足の長さの違いか、ラルスの歩幅で走り続けるのがつらくなって、海里は息を切らせして声をかけた。
海里の疲れた様子に気づいたラルスは手を握ったまま立ち止まった。
追手の気配が無くなってからかなり時間が経っている。
周囲の好奇なまなざしに気づいて、海里はラルスの手を激しく振りほどいた。
目を見開いた後、彼は悲しそうに視線を落とした。
「あっ、いや、日本では男同士は手をつながないんだよ。だから……」
ラルスを傷つけた気がして、言い訳をする。
暴力団に追われているような、謎の外国人とこれ以上かかわりを持たない方がいい。そう考えながらも海里は彼を放って置けなかった。
繁華街を離れ川の近くまで来ると浴衣を着た少女達が目立つようになっていた。
「そうか今日は花火大会で屋台も出ているんだった」
「あの雲みたいな食べ物はなんだ」
綿菓子を食べている子どもをラルスは見つめている。
「あれか、綿あめって言うんだ。砂糖を溶かして糸みたいに細くして巻いたお菓子だよ」
「どうやったらあんなに細くなるんだ」
「作るところ見たいか」
「見たい」
「あっ、でも、外泊して君の家族も心配しているだろうから、連絡してからな。それとも一人暮らし?」
やはり自分の話題になるとラルスは黙ってしまう。
親しくなったと感じているのは自分だけなのだと思うと海里の目元は熱くなる。それでいて悔しいことに彼と離れがたく感じ、屋台へと誘ってしまった。
屋台の出ている広場にラルスを案内した。
ここからは花火がよく見えるため大勢の人で賑わっていた。
一通り屋台を見て回り、食料を調達して海里のオススメスポットにラルスを招待した。
海里のお気に入りはここから少し離れたテトラポットのある河原だった。
屋台もないし花火の打ち上げ場所から少し離れるのでここまでやってくる人はまずいない。
そこへ辿り着いた時には1発目の花火が空高く上がった。
「わーぁ!」
感嘆の声をラルスは上げた。
「やはり日本の花火は美しい」
花火が上がる度にラルスは顔をほころばせる。海里は花火よりも彼が気になって仕方がなかった。
キラキラと輝いた笑顔を見せるラルスは花火よりももっと魅力的だった。どんな女性をも虜にしてしまいそうだ。いや女性どころか老若男女問わずひきつけてしまうカリスマ的な力だ。
視線に気づいたのかラルスが海里へ顔を向けた。
ラルスに見惚れていたのを気づかれないように海里は視線を空へ向けた。
ドーン! パラパラパラという音と一緒に菊の花のような花火が空に浮かぶ。
「凄く綺麗だな!」
しだいにラルスの顔が近づいてきて「海里の方が綺麗だ」と囁いた。
薄暗い中でも白い彼の顔がはっきりと見える。
自然の産物とは思えないほど整った彼の顔は浮世離れしていて幻のようだ。
ふわふわした夢の中のような感覚のうちに、ラルスからかすめるようなキスをされた。
わけがわからないうちに再び唇が重なった。
おそるおそる忍び込む彼の舌は、女のものとは違い厚い。
次第に激しく動き回り始めた舌に口腔内だけではなく全身を犯されているような気分になる。
頭頂からつま先までむずがゆいしびれが走った。
これより先へ進んではいけない、頭の中に警告音が鳴り響く。海里は思わずラルスを突き倒した。
倒れる瞬間に掴まれた海里は彼の上に倒れ込んだ。
「きみたち!」
突然、男の大声がした。
ふたりの警官が向けた懐中電灯の光に海里とラルスは包まれた。
その後ろにはスーツ姿の男が立っている。繁華街で見かけた暴力団風の男とは別の人だ。
警察官ふたりに左右の腕を抱えられるようにして海里はラルスから引き離された。
「王子誘拐の罪で逮捕する」
「誘拐ってなんだよ」
警察官の言葉に驚いて海里の声は裏返った。
「殿下、お怪我はございませんか」
ラルスに近寄ったスーツの男が言った。
「海里は悪くない!」
「早くその男を連れて行ってください」
ラルスの叫びを無視して男は警察官へ声をかけた。
海里が警察官に連行される間もラルスはなにか叫んでいた。
『迎えに行く』そう言ったようだったが、気が動転して海里の耳にははっきりと届かなかった。
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