42 / 50
第42話
「そんなに何度も溜息吐かれると、後悔してるんじゃないかと思っちゃう」
「あ、すいま…せん」
弘は目の前にある真のうなじを見つめていた。
赤みのない漆黒の髪は、雨に濡れたカラスのようだった。
うなじの毛先は水を含み、水滴が首筋を伝って湯の中に垂れ落ちていく。
思わず触れたくなって、指で水の流れ落ちる道筋を辿った。
真の肩がすくむ。
「…だから、くすぐったいのは嫌だって」
「そう言われるとね。やりたくなっちゃう」
弘は悪びれる様子もなく笑っている。
ここに来たことに、後悔はしていない。
自分の目で、身体で、真実を確かめたかった。
何事も、確かめてみなければ分からない。
けれど女と付き合えないから男と寝れば良いなんて、少し安易な考えだったかもしれない。
自分は一体、何をしたかったんだろう
求めているのは、身体なのか、心なのか。
「身体より、気持ちの方かも、しれないよ」
心を読み取られたかのように、弘が口を開いた。
「自分が何を求めているのか、分からなくて」
「難しいね。そういうの」
弘はバスタブの横にあるシャンプーボトルを手に取ると、
真の頭の上でポンプを何度か押し下げた。
ポンプの口から流れ出る液体を頭の上で受け止めると、
ひやりとした感覚にまた肩がすくむ。
大きな両手が、真の髪を泡立てはじめた。
頭を優しく包みこまれると、不思議と安心する。
「ここに来る人はね、みんな夢を見に来てるんだ。”夢見荘”っていう名前の通り。
求めるものは初めから決まってるし、一度求めたら、あとはそれを受け取るだけ」
すっかり泡立った頭をバスタブの外に出すよう促されて、そのままシャワーを掛けられた。
水圧の低い水が後頭部を撫でるように当たって、少しくすぐったい。
真はされるがまま頭を垂れて、排水口にゆっくりと吸い込まれて行く白い泡を静かに見つめていた。
「俺も求められるから、ここにいられる」
求められるから、ここにいる。
弘に掛けられたその言葉が、とても重い。
何を求めているのか分からずここにいる自分は、
夢の見方さえ分からず、もがいている。
真は背中越しに振り返り、弘の方へ視線を向けた。
親指が、真の濡れた目尻を優しく押し撫でてきた。
ともだちにシェアしよう!