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太陽ギロリ【涼視点】

日ごとに蒸し暑さの増してくる七月。俺たちの夏が始まっていた。 三回戦まではギリギリで勝ち上がり、これで昨年の結果と並んだ。 七月十七日、四回戦。ここからは俺にとって未知の領域だが、相手校のレベルとしては互角、もしくはこちらより格下だ。 気がかりなことがあるとすれば、連戦で塁斗がへばってきていないかということ。もう発情期に悩まされることもないし、見た目には元気だ。 『涼先輩!今日も勝ちましょう!』 そう言って逆に俺を鼓舞してくるくらいに。 でもそれが、ただのカラ元気と勝ち進んでいることでの危うい高揚感だというのはわかる。 俺が、俺が塁斗を支えてやらないと。チームを勝たせないと。 試合は、5回までを塁斗が3失点でどうにか抑えた。打線の援護もあり、ここまでは3-3。均衡が崩れない。 疲れで制球に乱れが出る前に、顧問の指示で塁斗はマウンドを降り継投の藤沢に代わる。 「藤沢先輩、あとお願いします!」 「オッケー塁斗、良くやった。あとは任しとけ、俺と偉大なる鵠沼大先生に」 「おい藤沢テメェ、俺のことバカにしてんだろ」 俺は以前ほど、塁斗と藤沢のやり取りにムカつかない。それどころか、こうしてふざけて二人の間に混ざっていける。 実は塁斗と番の契りを交わした少し後、藤沢と話をしたのだ。 『俺、藤沢にキツくあたることあったかもしんないけど、ごめん。実は俺……塁斗のことが好きでさ、お前とはピッチャーの先輩後輩同士で何か仲良さそうだし、正直イラついてた』 藤沢はポカンとしていた。 『そーだったの?確かにお前、俺にあたり強いなぁって思うこともあったけど、俺がノーコンだから嫌がられてんのかと思ってた』 『まぁ、その……ごめんな。ほんとは嫌いとかじゃないよ、全然。むしろめっちゃ信頼してる。お前に憧れて頑張ってる後輩たちもいるし、主将として藤沢がいてくれて助かってる』 まさか永遠のライバルとも思われたこの男と、腹を割って話すことになるとは。 でもそれも塁斗のためだ。塁斗がこの大会に懸ける想い、俺はそれをそのうなじに刻んだ。 俺と藤沢が噛み合わないことで、塁斗のその覚悟を無駄にするわけにはいかなかった。 『へぇー、でも鵠沼って塁斗のことそういう風に想ってたんだ。俺ニブいからそういうの気づかねぇんだよ。……で、どこまでいってんの?告った?告った?それとももうヤっちゃった感じ?』 藤沢がニタニタして追求し始めたので、とりあえず『うるせぇ』と躱しておいた。 そんなことを経ていたからか、藤沢とのコンビネーションも俄然合うようになり、8回までを5-5で持ち堪えた。うちも負けてはいないが、相手校が意外と強靭な打線を誇るチームなのは下馬評以上だった。 同点のまま迎えた9回裏、相手校の攻撃。 ツーアウト、ランナー2塁。あとストライクひとつで延長10回に持ち込めるのに、延々ファールで粘られる。 マウンド上の藤沢の顔に、焦りと苛立ちの色が見えた。ベンチからは全員が身を乗り出している。 塁斗。塁斗は祈るように右手でユニフォームの胸の辺りを握りしめていた。 大丈夫、お前のために勝つから。 このバッターへのついに10球目、ミットに収まる前にカキンと快音が響いた。誰もが息を飲み見守ったその放物線は、懸命に捕ろうとしたライトの頭上を飛び越えて落ちる。 2塁ランナーは走ってくるがそこまでの瞬足ではない。きっと外野手がホームベースまで送球してくる方が早い。 ここはアウトにできる場面だ、まだ負けられない。俺はこのボールをキャッチしてランナーをアウトにする。塁斗をまだ上のステージに連れて行く。 捕球した外野手がありったけの力をこめたように、ベースを踏んだ俺めがけてボールをぶん投げてくる。 両チームの歓声が遠く聴こえて、 「涼先輩大丈夫だ!!!」 塁斗の珍しく張り上げた声だけが頭の中に響いて、胸を昂らせた。 ギロリ、初夏の太陽が俺を睨んでいた。 見失ったんだ、ただ、それが眩しくて。 見えなかったんだ、絶対に捕ると決めていたその白球が。 それはほんの一瞬。その間にボールは俺のミットすれすれを後ろへ通り抜け、相手ランナーがスライディングでホームへ生還した。 これが決勝点。サヨナラ負け。 たった一瞬、太陽に目が眩み、俺はあっけなく塁斗と俺たちの夏を終わらせた。 俺はしゃがみ込むことも悔しがることもせずに、ただ呆然とホームベースに立ち尽くしていた。 ここは俺の終わりの場所じゃない。塁斗を終わらせてしまった場所だ。

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