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第12話 心の声の発出

 また佐野との行為の後に、意識を失ってしまった。気づいたときは以前同様に身体は綺麗になっており、さらに佐野は俺の家まで送ってくれた。  あまりにも事後サポートが行き届きすぎている。これがモテる男の常識というやつなのか。俺も見習わなくてはならないと思うと同時に、さすがに最近は俺と佐野の関係を思慮している。  ネットなどで調べてみたのだが、「セフレ」という関係が俺と佐野との間柄に似ている気がしている。つまり、身体だけの関係というやつだ。佐野には「ユイ」という、これまた身体だけの関係の友人がいるようだ。  もしかしたら俺が知らないだけで、佐野には何人か「セフレ」がいるのかもしれない。そもそも、俺は佐野のことを何も知らない。それなのにあんな行為をしてしまい、なんて自分は愚かなのだと悩んだ夜もあった。  しかし過ぎたことにくよくよしても仕方がない。何より、俺はド変態である。あんな誘われ方をしたら、抗えないのは致し方ないことだ。 (自習室でこんなことを考えるのも良くない。今は、佐野のことは忘れよう…) 「難しい顔して、何考えてるの?」 「わあっ!」  図書館の自習室に居残って勉強をしていたら、見知らぬ女子が話しかけてきた。いつの間にかその女子は、俺の隣の空席に腰を下ろしている。栗色の長い髪が夕日に当たり、眩しく感じるくらい輝いている。同じく、栗色の瞳も色白の肌によく映え、吸い込まれそうだ。 「き、君は……?」 「2組の和泉(いずみ)ユイ。あなたは1組の学級委員長でしょう?」 「そうだが……何の用だろう?」  ユイ……。ユイって、佐野とセフレの、あの「ユイ」か?俺はまあ、ちょっとした有名人だから彼女が知っていてもおかしくないが、なぜ急に話しかけてきた?佐野が俺との関係について、ユイに話したのか?そうだとしたら、厄介なことになりそうだ。 「特に用はないんだけど、どんな子なのか気になって」 「?……はあ……」  ユイってやつは、不思議ちゃんなのか?何が言いたいのか分からない。  すると、ユイは俺の耳元に近づいて、小声で話しかけてきた。 「委員長って、オメガなんでしょ?」 「なっ!」  やはり、ユイは佐野から何か聞いたのだろう。佐野には、俺がオメガであることを否定したが、佐野は納得していなかったのか。  だが、ここで認めるわけにはいかない。今までの努力が水の泡になる。 「そんなわけないだろう。そもそもオメガはほとんど存在しない」 「そう、だからどんな子なのか気になってわざわざ会いにきたの」  ユイの笑顔が怖い。こいつ……俺をはめようとしているのか?それとも、俺がオメガだと確信できる証拠を持っているとか…? 「そんな怖い顔しないで。ただ、興味があるの。オメガは一説によると、優秀なアルファを産む可能性が高いと言われてる」 「そう、なのか?」 「そして、オメガとのセックスは最高」 「……っ!」  自身の耳に火がつき、顔全体が赤らむのを感じた。まさか女子の口から、「セックス」などといった卑猥な言葉が出て来るとは思わなかった。 「ふふっ。赤くなっちゃって、かわいい」  不愉快だ。完全にからかわれている。開いていた教科書やノートを閉じ、帰り支度を始めた。勉強の続きは家でやることにしよう。ここでは全くもって集中できない。 「怒っちゃった?」 「帰ります」 「怒っちゃったみたいね。ごめんね、お邪魔しました。名津によろしくね」  そう言うと、ユイは立ち去った。佐野と関わったことで、俺の平穏な日常が崩れ始めている。やはり陽キャと関わるべきではなかった。  佐野への苛立ちが募り、このまま自習室で勉強する気にもなれない。早めに帰宅することにした。  校舎から出ると、寒さに身震いした。もう9月も後半になると、夕方は少し肌寒い。腕まくりをしていたワイシャツを伸ばし、帰路につく。体育館の横を通りかかったとき、誰かに話しかけられた。 「あれ、委員長もう帰るの?」  体育館から佐野が出てきて、話しかけてきた。そういえば、佐野を始めとしたうちのクラスの陽キャたちは、バスケ部だったか。 「ああ、ちょっといろいろあって帰ることにした」  変な女子に話しかけられて集中が切れたのだ。元々は佐野のせいでもあるのだから、いちいち絡んでこないで欲しい。  沸き上がった苛立ちを抑えることができず、口調がキツくなってしまう。 「え…何かあった?」 「いや別に…何もない。部活頑張って、じゃ」 「ちょっと待って!一緒に帰ろう、家まで送ってく」  佐野に腕を掴まれ、ビクっとしてしまった。佐野に触られると、この間の手首を縛ってした行為を思い出し、前が反応してしまう。こんな状況下でも勃つなんて、俺はこんなにも変態だったのか。 「いや、1人で帰れるし…」 「ここで絶対待ってて。すぐ終わらせて来るから。一歩も動いちゃダメだからね!待っててよ!」  佐野は俺の両肩を掴みながらそう言って、体育館の中へ戻って行った。  こちらはオメガであることを言いふらされ、挙げ句の果てには見知らぬ女子にからかわれたのだ。しかも大事な勉強中に。佐野の指示など聞いていられるか。 「待つわけねーだろ」  体育館を後にし、さっさと駅へ向かう。電車に揺られながら気分を切り替えて、家で勉強に集中しよう。  苛立ちのせいか早歩きになり、思った以上に早く駅に着いた。ICカードを出して改札を抜けようとしたとき、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。 「委員長!待って!」  大きな声に、周囲の人も振り向いている。佐野が走って自身の目の前に来る。そしてそのまま座り込んだ。 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…あー…こんなにダッシュしたの久しぶりすぎて…きつっ…」 「だ、大丈夫か…?」  佐野は汗だくで、激しく息を切らしている。 「はぁ…はぁ…待ってって言ったのに、なんで待っててくれないの」 「は?待つわけないだろう。そっちのせいでこっちは散々な目に遭ってるのに、なんで言うこと聞かなきゃいけないんだ」  やばい…。いつも冷静な委員長を演じることができていたはずなのに、心の声がそのまま口から出てしまい止められない。 「ええ?めっちゃ怒ってるじゃん。でもなんか、装ってない委員長見れてうれしいんだけど」 「またからかってるのか?だったら帰る」 「そんなわけないじゃん!家まで送っていくから、一緒に帰ろう。ね?」  ニヤけている佐野の顔に苛立ちを覚えるが、佐野に背中をさすられると何故か気分が落ち着いてきた。

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