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第23話 ユイの警告

 佐野の家で夕食をいただいた後、優心が車で迎えにきてくれた。佐野が連絡をしてくれていたようだ。  帰りの車の中で、初めて恋人ができたことに胸が高鳴った。だが実際は、今までの生活とほとんど変わらなかった。  日常は忙しなく過ぎて行くし、やらなければならないことも多い。佐野と付き合っても、これといった変化はなかった。  ただ、ふとした時に佐野と目が合うと、いつも佐野は破顔してくれた。その表情を見ただけで無性にうれしくて、よろこびはしゃぎたい気持ちをグッと堪えた。佐野の笑顔はやはり輝いて見える。  また、ふと「俺は佐野と付き合っているんだ」と思い出すと、心が温かくなり、じんわりと幸福感が身体を包んだ。 「自習室でニヤニヤしてるなんて、よっぽど良いことあったんだ?」  放課後、自習室で勉強をしていると、いつの間にか目の前の席にユイが座っていた。 「またか…」  以前、ユイに自習室で話しかけられ、不快な思いをして佐野に当たってしまったことがあった。 「今回は、私の方が先に来てたわよ」  全く気付かなかった。最近、頭の中のほとんどを佐野が占めており、ぼーっとしている。 「もしかして、名津と付き合い始めた?」 「なっ!」  図星過ぎて、大きな声が出てしまった。何人かの生徒が苛立たしげにこちらを見ている。 「何だか、勉強に集中できてないみたい。休憩が必要なんじゃない?」 「……リフレッシュルームに行こう」  ユイは微笑んで、俺の後について来た。  自習室の隣にあるリフレッシュルームは、休憩室のようなもので、ここなら話しても食べても問題ない。俺は自販機でコーヒーを買って、椅子に腰掛けた。 「だいぶ浮かれてるみたいね」 「……俺のこと、からかいたいだけだろう?いちいち話しかけないでもらいたい」  ユイの鋭い指摘に苛つき、本心がそのまま口から出てしまっている。 「私のこと相当嫌いなのね。名津の元恋人だから?」 「関係ない。からかってくる人間は好きじゃない」  ユイも自販機でコーヒーを購入し、俺の隣に腰を下ろした。 「名津だって、からかってくるでしょう?」 「佐野は……良いんだ」 「特別、ってことね」  ユイは、栗色の目を細めて微笑んでいる。  ユイとの会話は不毛だ。イライラさせられるだけで、何1つ良い感情が湧いて来ない。ユイはただ、オメガの俺を珍しがって接触してきているだけなのだろう。 「何も用がないなら俺は戻る」 「教室で、発情したんでしょ?」 「えっ…」 「言っとくけど、名津は何も言ってないからね。噂になってるの」  顔から血の気が引いていく。俺がもっとも恐れていたことが現実に起こっているようだ。 「私が聞いたのは『この学校にオメガがいるらしい』ってことだけ。だから委員長がって話ではないんだけど、気をつけた方が良いわよ」  あまりの衝撃に言葉が出ない。もはや時間の問題で、いずれ自分がオメガだということを学校中の人に知られてしまうかもしれない。 「ね、ねえ委員長、大丈夫?」  ユイが心配して俺の肩に触れてきたが、それさえもからかいに思えてしまい、払い除けた。 「気をつけろって…何にどうやって気をつければいいんだよ」 「残念ながら、オメガを性欲処理の道具だと思っている人や、興味本位で近づいてくる人もいる。だから…」 「君も興味本位で俺に近づいてきたんだろ!?」  ユイは驚いて目を見開いたが、すぐに話を続けた。 「違うわ。いえ、初めはそうだったけど、今は本当に心配して…」 「もういい。ほっといてくれ!」  今後の不安や絶望感で何も考えられない。今はとにかく早く家に帰って、1人になりたい。  俺は急いで荷物をまとめて、自習室を出た。廊下ですれ違う全ての人が、俺のことを噂しているように感じる。とにかく早く学校から出よう。 「あれ?向原か。この時間はいつも自習室にいたよな。どうかしたか?」  いつもより帰りが早い俺の行動を不思議に思って、担任が声をかけてきた。 「あ……ちょっと、いろいろありまして…今日は早く帰って休もうと……」  廊下を歩いていた担任は、学級日誌を持っている。これから職員室に戻って、日誌の確認や明日の授業の準備をするのだろう。 「体調悪いのか?ちょっと顔が赤い気がするな。この間教室で倒れたばかりだし、保健室で体温を測っておこう」 「いや、体調は問題ないので大丈夫です」 「いいからいいから。な?」  担任に肩を掴まれ、保健室へ連れて行かれた。この担任は悪い人ではないのだが、少々強引なところがある。特に今は放っておいて欲しかった。  もう放課後なので、保健室には誰もいない。俺が保健室に入ると、後ろからドアを施錠した音がした。 「え?」  振り返ると、ニヤニヤと不気味に笑っている担任が近づいてきている。 「前々から向原のこと、良いなと思ってたんだよ。その向原がオメガだったとはなあ?オメガとのセックスは最高なんだろう?」  やばい、と思ったときには遅かった。すごい力でベッドに押し倒され、そのままロープらしきもので手をベッドに縛られてしまった。 「た、助けっ…ん!」  さらに瞬時に口も塞がれ、テープで押さえつけられた。 (佐野……助けて……)

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