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第29話 ローターを新調しました

 2学期末のテストが終われば、あとは冬休みが始まるのを待つだけだ。  朝は布団から出るのが億劫なほど寒くなり、セーターやコートを着込む生徒を見かけるようになった。一方で、学内を黄金色に彩っていた銀杏の木は、葉を脱ぎ始めている。  1年でもっとも気が緩んでいる時期かもしれない。期末テスト最終日、俺は久々に卑猥な玩具を新調した。衛生的に気になるものや飽きが来ているものは処分し、なじみのネットショップで新製品を購入した。  その中でも特に楽しみにしているのが、最近発売されたばかりのアナル用ローターだ。さまざまな大きさの突起が付いており、振動の強弱も調整できる。また動き方はランダムで、それがより一層の快感を誘う。  今日は、そのローターを自身の内壁に仕込んできた。遠隔操作可能で、操作はリモコンで行う。本当はスマートフォンでも操作できるようだが、あいにく所有していない。これを機に、スマホの購入も考えてしまう。  今は体育の授業中なので、それが終わり次第使用してみようかと思っている。周囲にバレずに快感を得られれば、次の発情期後に使うつもりだ。  やはり、自身の発情期後の暴走した性欲に、佐野を付き合わせるのは申し訳がない。発情期前に、玩具の準備を怠らないようにしたい。 「委員長危ないっ!!!」  声がした方へ振り向く前に、後頭部に強い衝撃を感じた。体育で使用しているバスケットボールが当たったのだろう。そのまま体は前に倒れ、鼻を強く打ち、激しい痛みに襲われた。 「りょう!」  すぐに佐野の声が耳に入ってきたが、痛みで動けそうにない。 「りょう大丈夫!?」  駆け寄ってきた佐野が、俺の肩を抱き上げて顔を覗き込んでくる。 「……大丈夫じゃなさそうだね。すぐに保健室へ行こう」 「悪い……ぼーっとしてた。自分で歩けるから大丈夫だ」  話していると、口内で血の味がした。先ほど鼻を強打したからだろう、鼻血が出ている。  授業中にも関わらず、自身の窄まりに仕込んでいるローターのことばかり考えていた、俺への罰だろう。学級委員長が授業中にこんな態度では、他の生徒への示しがつかない。 「委員長っ、ごめん!大丈夫?」  駆け寄って謝ってきたのは、井沢だった。体育祭のとき、唐突に接吻されてからというもの、井沢と全く話していなかったので気まずい。 「あっ……ああ、問題ない」 「大問題だろ。何してくれてんだよ、|春久《はるく》」  佐野は俺以上に井沢に怒っているようだ。周囲の生徒が、あまりにも憤怒する佐野の姿を不審がっている。 「悪い。ボールをパスしようとして、手が滑った。俺が委員長を保健室に連れて行く」 「ダメだ。2人きりにできるわけないだろ!お前はここにいろ。俺が連れて行く」 「いや、佐野が試合抜けたら皆が困るだろ?それに悪いのは俺なんだし、俺が委員長と一緒に……」 「ぜったいにダメだ!」  なんなんだ、この言い争いは。特に佐野の強情っぷりがひどい。井沢の言う通り、バスケ部の佐野が試合中に抜けたら、皆が困惑するだろう。  とはいえ、井沢のことを信用できない佐野の気持ちも、分からなくはない。 「大丈夫だ。鼻血も止まりかけているし、1人で保健室に行ける」 『それはダメ!』  佐野と井沢の声が重なり、体育館を反響した。  このままではらちが明かない。口周りに付いた鼻血が、もう固まり始めている。他の生徒に付き添ってもらうか…… 「保険委員、悪いが付き添いをお願いしたい」 「あ、はい!」  保険委員の女子がすぐにこちらにきてくれたので、助かった。 「りょう、俺も一緒に…」 「佐野はここにいてくれ。大したことないから心配するな」 「でも……」 「佐野くん、私が付いてるから大丈夫だよ。試合戻って」  背後からも佐野を呼ぶ声がしたので、佐野はしぶしぶコートに戻っていった。 「終わったらすぐ保健室行くから!」  出入り口から体育館内を見渡すと、佐野がクラスメイトから慕われていることがよく分かる。いつもクラスの中心で、佐野の笑顔を見るとなぜか安心するのは、皆も同じだろう。  保健室には養護教諭がいたので、すぐに手当てしてもらえた。頭を強く打ったということで、念のためしばらく保健室で休むことになった。 「んっ……」  ベッドに横になると、中のローターが圧迫され、少し気持ちがいい。 (今がチャンスかもしれない……)  ポケットに入れておいたローターのリモコンを取り出した。保健室なら養護教諭しかいないし、ローターの気持ち良さを試す絶好の機会かもしれない。 「ひゃっ!」  強さは10段階の調整が可能だが、まず一番弱い1で電源を入れてみたが、想像以上の刺激だ。思わず声が出てしまった。 「大丈夫?どこか痛い?」 「…す、すみません。大丈夫です」  俺の声を聞いて、養護教諭が様子を見に来てしまった。これ以上声が出ないようにしなければならない。電源を切ろうとしたとき、扉が開く音が聞こえた。 「あら、どうしたの?」 「向原くんに用があって。ちょっといいですか?」 「そこのベッドで横になってるわよ」  この声は井沢だ。こちらに向かってきているようだ。急いでローターのリモコンをベッドの奥に隠し、布団をかぶった。 「委員長、ちょっといいかな?」 「あ、ああ」  カーテンを開けて、井沢がベッドの横にやってきた。俺は起き上がり、ベッドに座る体勢になった。中のローターが身体の動きに合わせてうごめいている。  先ほど井沢が来たときに焦ってしまい、電源を切り忘れた。大小さまざまな大きさの突起が、内壁の至るところを刺激する。 「さっきは本当にごめん。痛かったよな?」 「…んっ…い、いや。ぼーっとしてた僕が悪かった。もう大丈夫だから」  徐々に快感が思考を支配してきているが、なんとか笑顔を取り繕った。井沢を安心させて、早く保健室から出て行ってもらわなければ。  俺の笑顔を見ても、井沢はそこから動こうとしない。 「……ど、どうした?」 「……体育祭のとき、無理矢理あんなことして本当ごめん。ずっと謝りたかったんだけど、タイミングがつかめなくて」  井沢がそんなふうに思っていたなんて、知らなかった。ちゃんと謝ってきたことは感心だが、今はそれどころではない。なぜこのタイミングで謝罪してきたんだ。早く帰って欲しいのだが。 「…んっ…あっ…」  まずい、普通に喘ぎ声が出てしまう。手で口を覆って声を抑えるが、止まらない。 「え…まだどこか痛いの?」 「はあ…はあ…いや……問題、ないっ…」 「……もしかして今、発情期?なんか、委員長の顔赤いし、熱いよ……」  井沢の右手が、自身の額を触れる。井沢を見上げると、ハッとした表情をしている。  少し伸びた前髪が影を落としているが、よく見ると、ビー玉のように澄んだ瞳だ。くっきりとした二重と、スッと長い鼻は整っているといえるだろう。  井沢がベッドに手をつき、ギシっと軋む音がした。そのままゆっくりと、井沢の顔が近づいてくる。これは、口付けをされるのではないか。動かないとまずいが、動くとまたローターが内壁を強く刺激してしまう。 (まずい、避けなければ……でも、ローターの刺激が……)  とにかくギュッと目を瞑ると、口元を触れられた。 「……まだ顔に血が付いてる。あとで顔洗った方がいいかも」 「あ……ああ、そう…だな……」  あと数cmで口付けできそうな距離で、井沢と目が合う。その眸子は潤い、どこか儚げだ。 「じゃあ、俺行くわ」  そう言うと、井沢は踵を返して保健室を出て行った。先ほどの、井沢と見つめ合った数秒は何だったのだろうか。 (そうだ、電源を切らないと)  俺はベッドに隠していたリモコンを取り、電源を切った。

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