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第16話「もう会わないって決めたのに・・・なんでここにいるんだよ!?」
月曜日、いつもの癖で打ち合わせ後、ファミレスへと無意識のうちに足を運んでいた。駐車場に着いてから、はっと我に返った。
「うっかり来てしまった…。もう愁に会わないって決めたのに。」
瑞樹は急いで回れ右をして、ファミレスから離れる。数歩歩いたところでぴたっと足を止めた。少し離れた場所から、ファミレスの窓を見る。
少しだけ…遠くから顔を見るだけなら…。
通行人のふりをして、ファミレスの中をさりげない感じで見ながら、前を通る。夏休みということもあり、お昼なのに店内は学生客で賑わっていた。
「あっ。」
いた。愁だ。忙しそうにばたばたと店内を走り回って、注文を取ったり、食事を運んだりしていた。ふっと、自然と筋肉が緩み、笑みが零れる。元気そうでよかった。と、ほっとする反面、元気そうな様子と土曜日以降愁からの着信が一度もないことから予想する限り、愁はもう瑞樹との関係を既に絶っているという事を突き付けられ、ジクッと胸が痛む。
「愁、ごめんな。それと、ありがとな。桜庭みずきのこと、これからも応援してくれよ。」
熱くなる目頭をぐっと指で押して堪え、瑞樹はファミレスに背を向け家へと帰った。
執筆は意外と順調に進んだ。未だに恋愛感情についてはさっぱりわからないが、河野が用意してくれた参考資料と、愁が教えてくれた内容を駆使してなんとか止まることなく書き進めている。
「ふぅ…今日も暑ぃなー…。」
八月も中旬を過ぎたが、まだまだ暑さは続く。
瑞樹は、自宅から出版社まで電車を利用しており、駅から出版社のビルまでは距離にして三百メートルと、そう遠くないのだが、その距離を歩いただけで、大量の汗が出るほど今日は暑い。
いや、今日に限らず毎日暑いから、“今日は”ではなく“今日も”と言った方が正しいか。額の汗をハンカチで拭い、数メートル先に見える出版社のビルを目指して歩く。やっとの思いでビルの下まで辿り着き、自動ドアの前に立た時だった。
「瑞樹さんっ!」
聞きなれた声がした。その声は、たった一週間ぶりに聞いたというのに酷く懐かしく聞こえた。
「っ!!しゅ、愁…なんで…。」
声が聞こえてきた右を振り向くと、リュックを抱え、真剣な顔で真っすぐ瑞樹を見つめる愁がいた。
瑞樹は思わずたじろぐ。意表を突かれた。まさか、こんなところに愁がいるなんて。どうすればいいかわからず、自動ドアの前で突っ立ったまま、あわあわとしている瑞樹目掛けて、ずかずかと歩いていく愁。瑞樹の目の前までやってくると、強い力で手首を掴んだ。
「瑞樹さん、待ってました。話したいことが――」
「ご、ごめん!俺、これから、打ち合わせだから。その、本当、ごめん!」
掴まれた手を勢いよくぶんっと振って、愁の手を振り払うと、急いでビルの中へと駆けこんだ。ビルの中は関係者しか入れない為、逃げたもん勝ちなのだ。後ろで、愁が「瑞樹さん!」と名前を呼ぶ声が聞こえたが、瑞樹は一度も振り返らず、その場を去った。
「見てください、桜庭先生!このネットの盛り上がり具合!やっぱ顔出して間違いなかったですね!」
「あー…そうですねー…。」
自分が考えた作戦が見事に大成功した河野は鼻高々な様子の河野の発言に対して、いつもなら苛立ちを覚える瑞樹だが、今日はまるで魂を抜き取られたかのように心ここにあらずで適当な相槌を繰り返していた。
「で、新作順調なんですよね?舞台挨拶で先生がしっかりと宣伝してくださったおかげで、桜庭先生の新作にたくさんの人が注目してるんですよ!ほら、見てください!」
河野がスマホの画面を瑞樹の目の前に持っていき、スクロールをすれば、桜庭みずきの新作小説が楽しみだと書かれた記事がたくさん流れていく。だが、目線はスマホの画面を見ているものの、視界をぼんやりとぼやかせている瑞樹の目には、どんな文字も入ってこなかった。
何故ここに愁がいるんだ、話ってなんだ、もう会わないって決めたのになんで俺は会えて嬉しがってるんだ。いろんな思いが脳内をぐるぐると回る。愁に掴まれた右手首にそっと触れてみる。まだ、愁に掴まれた感覚が残っていた。
「もうさすがに…いない、よ、な…?」
きょろきょろと不審な動きで周辺を確認しながら、ビルの自動ドアをくぐる。
あの後、打ち合わせは思ったよりも早く終わってしまい、そのまますぐにビルから出てしまえばまだ外で愁が待っている可能性があったため、ビル内の入っている飲食店で三時間ほど時間を潰し、愁がバイトをしているであろう十五時にやっと帰ることに。
太陽の強い日差しと、一日中太陽に焼かれ熱々になったアスファルトに上下で挟まれ、まるでオーブンの中に閉じ込められてじっくりこんがり焼かれているような気持ちになる。
「あっちぃー…。」
早く家に帰ってクーラーを効かせた部屋でのんびりしたい。汗を掻きたくはないが、少しでも早く自宅というオアシスへ帰るため、急ぎ足で歩き始めた。その時だった。
「瑞樹さん!」
「っ!?」
自動ドアをでてすぐにある五段くらいの階段を降り、駅がある方面を見ると、そこには愁が立っていた。瑞樹は思わず、愁に背を向け、駅とは反対方向へと走り出した。
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