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第21話「あなたにだけは知られたくなかった。」

「あ。愁、こんなとこにいたのかよ。探したんだぞ。お前は地元かもしれないが俺は見知らぬ地なんだぞ。不安になるから一人にするなよ。」 「っ!みずき…さ…。」 何個コロッケを買ったのだろうか。大きめの袋いっぱいに白い紙に包まれた揚げ物を下げ、走って探してくれたらしく、はぁはぁ、と肩で息している瑞樹。安心感で涙が零れそうになるのを必死に堪えながら、瑞樹の元へと愁が駆け寄る。 「すみません、瑞樹さんの為にコーラ買おうと思って…。あ、そうだ、コーラ…。」 自動販売機の取り出し口を見ると、光也の突然の登場のせいで取り損ねたコーラがまだ横たわっていた。 「愁、この人達知り合い?」 「えっ…。あ、えっと…。」 愁は悩んだ。なんて紹介すべきなのかと。 知り合い、と紹介すれば、他人行儀すぎ?光也達の機嫌を損ねる可能性があるかもしれない。だが、中学の友達、と紹介するのはなんだか違う気がした。お世辞でも、光也達のことを友達のくくりに入れたくなかった。 「俺達、愁とは中学の時の同級生なんっすよー。」 へらっと笑ってそう言った光也の言葉を聞き、瑞樹は興味津々な顔をして、おぉ!と声をあげた。 「愁の中学の時の友達!なぁんだ愁、お前ちゃんと地元に友達いるんじゃないか。俺はてっきり、あんなに嫌がるから友達がいないのかと。」 「俺と愁は小学生の頃からの幼馴染で、まぁ、一応親友だったんっすよー。な?愁。」 “親友だった”という過去形の言葉でまた傷口が広がる。愁は、光也の同意を求める問いかけに、肯定も否定もせず、ははっと乾いた声で笑った。 これ以上、いらないことを光也達が喋る前に早く瑞樹を連れてこの場から去りたかった。なるべく自然な形でこの場を切り上げるようタイミングを見計らう。一瞬の間ができた。今だ!愁は片手を胸元まで上げ、「それじゃあ。」と言いかけたが、その言葉は光也の言葉で遮られた。 「もしかしてお兄さん、愁の彼氏っすか?」 愁の中で、ぐちゃっと心が潰れる音がした。全ての感覚を失い、自分がちゃんと真っ直ぐ立てているのかも、今自分がどんな顔をしているのかもわからない。隣にいる瑞樹の顔を見ることなんて、当然できなかった。それなのに、光也達の耳障りな声だけは嫌なほど頭に入ってくる。 「かれ、し…?」 意味が分からない。というような声で、瑞樹が聞き返すと、佐伯が茶化したように喋る。その声は、声変わりをして中学生の頃と比べれば低くなっているのに、あの頃とまったく変わらない声だった。 「おい、光也。勝手に彼氏って決めつけんのは失礼だろー。彼女かもしんねーじゃん。」 笑いを堪えながら佐伯が言えば、四人はギャハハッと下品な笑い声をあげた。 「あの…彼氏とか彼女とか、ちょっと意味がわからないんだが…。愁、どういうこと?」 瑞樹が愁の服の裾をきゅいっと引っ張る。愁は黙って俯いたまま、何も答えない。そんな愁の変わりに、光也が口を開いた。 「もしかしてお兄さん知らないんっすか?こいつ、ホモなんっすよ。」 気づいたら走っていた。アスファルトを蹴って、蹴って、蹴って。 毎日毎日、光也達に馬鹿にされ、いじめられ続けたあの頃と何にも変わっていない町の中を駆けていく。 どこに行っても、何を見ても、蘇るのはこの町で過ごした苦しい時間ばかりで、忘れていたはずの記憶まで鮮明に思い出してしまい、愁は走りながら嗚咽を漏らした。

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