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第22話「隠し通すつもりだった『好き』の気持ち」
「――好き。」
夕日に照らされオレンジ色に染まった商店街。
一生伝えることなんてないと思っていた気持ちを、つい口から言葉として吐きだしてしまった。愁と光也はお互い、小学校に入学して一番最初にできた友達で、いつからか自他ともに認める親友になっていた。
愁が光也への恋に気づいたのは小学四年の時。とくにこれといったきっかけがあるわけじゃなかった。
ただ、他の人と仲良く話している光也の姿を見て、ぎゅーっと胸が締め付けられた瞬間、恋だと自覚したのだ。そして、それが愁の初恋でもあった。
男が男を好きになるなんておかしい。この想いを伝えてしまえば、きっと、今の関係は崩れてしまう。それだけは避けたかった。きっとこの先、光也は自分ではない別の人を選ぶだろう。それでも、光也の一番近くじゃなくていいから、親友というポジションだけはずっと、自分だけの物にしていたかった。
それなのに、墓場まで持っていく覚悟を決めていたはずなのに、ぽろっと口から零れ出た言葉。零れ出た理由は、愁秒前の光也の言葉だった。
『あーあ、愁が俺の彼女だったらいいのに。』
中学3年生の夏。高校受験に向けて勉強を頑張らなくちゃいけない大切な時期に、光也は勉強なんてそっちのけで、日々青春を謳歌していた。
光也と愁はサッカー部に入っていたのだが、春の大会を終え部活を引退した直後から光也は、彼女を作っては別れ、また彼女を作っては別れ…を繰り返していた。
部活をしていた頃は休日も練習ばかりで恋愛に現を抜かす暇などなかったため、約二年分の恋愛をぎゅぎゅっと凝縮して残りの一年で楽しむつもりのようだった。
だが、相手のこともよく知らないまま、告白してきた子は全員OKしたり、顔が好みという理由だけで告白して付き合ったりしているせいで、今まで付き合った女の子全員、相性が合わず早い子だと三日で別れた時もあった。
そんなことを何度か繰り返し、恋愛、女というものは面倒くさいと思った光也が口に出した言葉がさっきの言葉だったのだ。
昔からずっと一緒にいて、自分のことも愁ならよくわかってくれている。一緒にいても気が楽だし、女みたいに面倒なことも言わない。ただ、それだけの理由で、その言葉に好きなんて気持ちは一ミリも込められていなかった。
勿論、愁もそのことはわかっていた。わかっていたはずなのに、たった三日だとしても、一瞬でも光也を独占した女達が羨ましくて、妬ましくて、気づいたら想いを告げてしまっていた。
ドッドッと、心臓が胸を突き破るんじゃないかと思うくらい大きく跳ねる。数歩先に立って、愁の方を振り返っている光也の顔は、逆光でよく見えなかった。
「あの、さ…ごめんけど、俺そっち系じゃないんだけど…。」
太い矢が心臓に貫通したような痛みが走る。
痛くて苦しくて、夏で暑いはずなのに、空いた穴に冷たい風がぴゅうっと吹いて切なさで心が凍える。ここで笑いながら冗談だと言えば、まだ引き返せれた。
それなのに愁は、「そっか。」と消えそうな声で呟いただけだった。
誤魔化したくなかったのだ。誤魔化してしまえば、光也が好きだという事を否定してしまうことになる。こんなにもどうしようもないくらい好きで好きで仕方ないのに、否定なんてしたくなかった。この好きという気持ちを自分だけは否定せず、大切にずっと持っていたかったのだ。
そして次の日。学校へ行くと愁がホモだと、学年中に知れ渡っていた。
それから愁は光也を筆頭に周りからいじめられるようになり、唯一、自分だけのものだと思っていた光也の親友というポジションも失った。
『好き』たったこの二文字の想いを伝えただけで、一瞬にして全てを失った。
大好きだった人にいじめられる苦しみは、こうなるまで想像もできなかった程の苦しさで、いじめられても気にしていない素振りで、引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
愁は、中学を卒業して、逃げるように遠くの高校へと進学し地元を去った。もう二度と、想いなんて伝えない。もう二度と、人を好きになんてならない。地元を出て、新しい街へと向かう電車の中、愁は自分に固くそう誓った。
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