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第24話「え、お前…今、何して…?」
「愁。俺の四作品目『それでも確かに恋だった。』、お前ちゃんと読んだのか?」
「えっ…よ、読んだに決まってるじゃないですか!それはもう、何度も何度も…!」
「友達のコウタが二十歳年上の人を好きになったことに対して悩んでるシーンで、主人公のソウがなんて言ったか覚えてるか?」
「…人を好きになるのに、地位も年齢も性別も関係ないだろ。お前はただ、そんなどうでもいいこと取っ払って、その人自体をどうしようもないくらい好きになった、それだけだ…。」
「そういうこと。好きに理由なんてないように、好きになる相手のあれこれなんていちいち気にしなくていいんだよ。何が普通かなんて、人それぞれだしな。…なーんて、恋愛もわかんない奴が偉そうに言っても響かないか。あはは。」
真面目な話をしたことがこっ恥ずかしくなり、自虐ネタでははっと笑って誤魔化す。
そんな瑞樹の横顔を、愁は黙ったまま瞬きもせず、大きく目を見開いて、じぃっと見つめた。その視線に気づき、余計に恥ずかしくなった瑞樹は頭をぼりぼりと掻いた。
「ま、愁は愁らしくいればいいよ。俺の事好きでも好きじゃなくても、今の俺は愁から恋愛について聞かないと小説書けないからいなくなってもらっちゃ困るし。あー、俺も恋する気持ち知りてぇー。そしたら小説だってちょちょいのちょいでかけるんだけどなぁー。ぶっちゃけ、恋愛感情どころか、キスシーンの情景を文字で伝えるのも最近危うくなってきてんだよな…。キスなんかほとんどしたことないんだから感触とかわかるわけ――」
“ねぇ”と言おうとしたが、その言葉は愁に遮られた。
不満そうにむぅっと尖らせていた瑞樹の唇に、柔らかくて温かいものが優しく触れた。ちゅっと可愛らしい音が鼓膜から入り、脳に到達して三秒後、瑞樹はようやく、愁にキスをされているのだと理解した。唇と唇が触れるだけのキスは一瞬のことで、ゆっくりと、愁が顔を離す。
「…どう、ですか…?」
頬を赤く染め、少し伏し目がちな表情の愁がドアップで瑞樹の瞳に映る。なんだか色っぽい、と混乱した脳内で瑞樹は思った。
「えっ、いや、どうって…えっ?今、キスして…えっ?」
まだ愁の唇の感触が残る唇に触れながら、目を泳がせる瑞樹。
どうって言われても、突然のことだったし、一瞬すぎて何が何やらわからなかった。ただ、柔らかくて、温かくて、安心するというか、ふっと力が抜けるというか…。瑞樹が初めての感情に必死に頭を回して、追いついて行こうとしていると、愁は眉尻を下げ、不安そうな顔をした。
「俺は、俺らしくって瑞樹さん言ってくれたから、だから…。」
「言った!言ったけどさ!なんか意味履き違えてない!?欲を丸出しにしていいとは言ってないよ!?」
「その、さっきの瑞樹さんの言葉で俺、救われたんで、恩を返したくて少しでも力になれたらと思って…。キスしたら少しは情景を文字にすることできるかなって…。」
目をうるうると潤ませ、しょんぼりとした表情をする愁はまるで捨てられた子犬のようだった。
愁なりの感謝の気持ちの伝え方だったのだろう。小説の為を思っての行動だと聞けば、無下にすることはできない。可哀そうな子犬のような顔をされたら尚更。瑞樹は頭を掻き、あーっと悩みを含んだ声をあげる。
「ありがたいよ。ありがたいけど、その、そういうのは大丈夫かな、びっくりするから。」
なるべく愁が傷つかないように言葉を選びながらやんわりと断る。
嫌だとか、男同士だからとか、そういうのではなく、キスをするという行為はカップルのみが行う行動だと瑞樹は思っている。案外、瑞樹は律儀な性格なのだ。事には順があると思っており、それをすっ飛ばしてその場のノリに流されたり、人の気持ちをないがしろにする行為は好きではない。
今回は、愁から突然起こしたアクションだったため、致し方ないが、愁は瑞樹のことが好きだと言ってくれたが、瑞樹はその想いにちゃんと答えられない状態ならばそういった行動は控えるべきだと思っていた。
「あの、瑞樹さん…。俺、どんなことでも手伝うんで!だから、また…またこれからも…!」
「明日もバイト先行くから。バイト上がったら、いつも通り会議な。お前のおかげで、いい文が書けそう
だ。ありがとな。」
わしゃわしゃっと愁の髪を撫でてやると、愁はぎゅっと両目を瞑り、くすぐったそうにした。
「あっ!コロッケ!くそ、せっかく揚げたてもらったのにさっきのあいつらのせいでかなり時間経っちゃったじゃないか!」
コロッケが入った袋をガサゴソと漁りながら、不満そうに瑞樹がぼやく。
「ずっと思ってたんですけど、瑞樹さん何個コロッケ買ったんですか。買いすぎですよ。」
「それがさ、メンチカツも売ってて、美味しそうだなーって思ってつい買っちゃった。コロッケとメンチカ
ツ四個ずつ!」
満足気な顔でにんまり笑う瑞樹がわんぱくな子供みたいで可愛くて、ぷっと吹き出す。
「どんだけ食べる気ですか。晩ご飯入らなくなっても知りませんからね。」
「今日はたくさん歩いたから余裕余裕!」
「あ、そうだ。瑞樹さんのためにコーラ…あっ。」
自動販売機の取り出し口に横たわったままになっている姿が脳裏に浮かぶ。
「瑞樹さん、すみません…。ごたついてたせいでコーラ買ったのに取るの忘れてました…。」
ずーん、と重い表情の愁を見て、瑞樹はぷはっと吹き出して大笑いする。
「あははっ、またあそこまで戻んなきゃだめなのか。せっかく走ってきたのに。」
「す、すみません…。コロッケにはコーラがいいかなぁとか思って気を利かせようとしたのに、帰って全部空回りになってしまいました…。」
がっくりと肩を落として落ち込む愁の髪に触れ、手櫛のようにスーッと指を通す。さらさらしていて気持ちいい。
「そんなことないよ。いつもありがとな。愁は本当に、気が利くな。」
目を細め、優しく微笑む。執筆に悩み、暗く鬱々としていた時、そっと寄り添ってくれるような笑顔で微笑んでくれたあの時の愁の笑顔を真似して。
辛い時に助けてくれたから、次は俺が愁の心を照らしてやりたい。瑞樹はそう思っていた
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