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第25話「それってプロポーズですか?」

隣の部屋から、トントントンっと、包丁のリズミカルな音が聞こえてくる。瑞樹はキーボードを打つ手を止め、ふぅっと一息つくと、自室から出た。 ドアを開けると、食欲がそそられるいい香りが嗅覚を刺激し、ぐぅっとお腹を鳴らした。その香りに誘われるように瑞樹はキッチンへと向かう。 「あ、瑞樹さん。お疲れ様です。晩ご飯もう少しでできるんで、もうちょっと待っててください。」 フライパンを器用に扱い、具材を宙へと舞わしながら、愁が顔だけ瑞樹に向けてにっこりと笑う。 「あぁ。俺も手伝う。皿くらいなら俺でも出せるから。」 「へへっ。助かります。」 食器棚から白い平皿を二枚取り出す。愁が家に来るようになって、瑞樹の家の物は増えた。 今までずっと、来客なんて一度もなかったから全て一人分で足りていた。だが、愁が度々、こうして家に訪れて家事全般を全てしてくれるようになってからは、スリッパやお皿やコップなど、全て二人分になった。 自分だけしか使わないのなら、適当な物でいいと思って百円ショップで買ったお皿を使っていたが、愁がこれからもこうして度々家に訪れることがあるなら、お皿も少し良いものに買い替えようかな…。 デザイン性はまったくない、本当にただ真っ白なお皿を見つめながら、瑞樹はそう思った。 「瑞樹さん、出来ました。お皿お願いします。」 「あぁ。」 キッチンテーブルにお皿を二枚並べると、愁がお玉を使って出来上がった料理をよそう。 ほかほかと温かそうな湯気が出ていて、瑞樹は再びぐうっとお腹を鳴らした。 「荒田愁特性、チャーシュー炒飯です!」 「うまそうだ…!」 瑞樹は瞳をきらきらと輝かせ、溢れ出る唾液をごくりと飲み込んだ。小さくみじん切りにされた玉ねぎと人参とピーマンが綺麗に皿の上を彩っていて、大きく角切りにカットされたチャーシューがゴロゴロとたくさん入っていて食べ応えがありそうだ。 「餃子もありますよ。餃子は冷凍ですけどね。」 「早く食べよう!」 愁が餃子をフライパンから大皿へ移動させている間に、瑞樹はいそいそと二人分のチャーシュー炒飯を食卓へと運び、端とスプーンを並べる。二人が席に着いて向かい合うと、息を合わせて「いただきます。」と挨拶をしてから早速チャーシュー炒飯を口へ運ぶ。 「んん~!うっま!」 目が零れ落ちそうなほど大きく開き、美味しさに感動した様子の瑞樹。一口、二口と、次々口へと運ぶ。 「ふへへっ、喜んでもらえて良かったです。あ、ほら。ゆっくりちゃんと噛んでから食べてくださいよ。この前もそれで喉詰まらしたんですから。」 「ん、ほうらった。ゆっくりおひふいへ、あじわっへたへる。」 頬に食べ物をぱんぱんに詰めた状態で、もごもごと喋る瑞樹はリスみたいで可愛くて面白くて愁は笑った。 ――あぁ、好きだなぁ。 トクンッとときめく気持ちについ笑みが零れる。この先ずっと、いつまでもこうして瑞樹の横にいれたら…。そんな思いが膨らんでいく。 でもきっと、今書いている小説を書き終えれば、瑞樹に自分は必要ない。一緒にいる理由がなくなってしまう。そうなると、もう二度とここに来ることも…。そう思うと、こんなこと思ったら駄目だとわかっていても、一生小説が書き終えれなければ…。なんて最低なことを考えてしまう。自分の汚い最低な思考に罪悪感を感じ、愁はジクリと心が痛んだ。 「なぁ、愁。」 「ん?なんですか?」 瑞樹の顔を見れば、いつになく真剣な顔だったため、愁もそれにつられて椅子に座りなおし、シャキッと背筋を伸ばし身構える。 「毎日俺の為にご飯を作ってほしい。」 「…はい?」 唐突な瑞樹の衝撃的発言に、愁は思わず持っていたスプーンを落としてしまった。お皿に当たって、カランカランっと音を立てて机に転がったスプーンがうつ伏せ状態でゆらゆら揺れている。 それって…その言葉の意味って―― 「プロポーズですか…?俺、本気にしますよ?」 スプーンを持つ瑞樹の手をぎゅっと包み込むようにして握ると、瑞樹はみるみるうちに顔を真っ赤にし、慌てて手を引いて愁の手から離れた。 「ばっ!!なっ!?ぷろっ、ぷ、プロポーズなわけっ!な、ななないだろ!!何言ってんだ馬鹿!俺はただ、愁の作るご飯が美味しいから単純に毎日食べたいと思っただけで!決してそんなつもりでは!あ、いや!これは拒否してるわけじゃなく、お前のことは好きだが!あ、でも好きってそういう意味じゃ、そもそも俺は好きがわからないし、だから、そのっ!えーっと…。」 「そんな焦んなくても大丈夫ですよ。瑞樹さんは光也みたいに俺のこと拒絶したりしないってわかってますから。瑞樹さんに恋愛感情がないってことも。…ただ、ちょっと期待しちゃっただけなんで…。」 「そ、そうか…。わ、悪い。俺が変なこと言ったせいで…。」 「…そうですよ。恋愛初心者の瑞樹さんは知らないでしょうけどぉー、『毎日ご飯を作ってくれ』ってプロポーズの鉄板台詞ですからね~。ま、恋愛初心者の瑞樹さんは知らないでしょうけどぉ。」 気まずくなった雰囲気を吹き飛ばすように、わざと明るくふざけた口調で愁が言うと、瑞樹もそのノリに乗っかる。 「誰が恋愛初心者だこのやろぉ…。おい、あんまり年上を煽るなよ?てゆーか、プロポーズの鉄板台詞くらい知ってますぅー!でも、今時は共働きの家庭が多いから『毎日ご飯を作ってくれ』っていうプロポーズは不人気なんですぅー。はい、残念。論破ー!俺の勝ちー!」 勝ち誇った顔の瑞樹。ぐぬぬっと悔しそうに瑞樹を睨む愁。お互いの目が数秒間合い、どちらからともなく、ふはっと吹き出して笑い合う。 楽しい。こんなしょうもないやりとりをするだけで、愁は幸せなのだ。瑞樹が自分の事を好きじゃなくてもいい。 ただ、いつまでもこうして笑い合っていれるならなんだっていいと思えた。そして瑞樹は、未だに好きという感情がわからないでいたが、愁が隣にいてくれるなら長年悩み続けたそんな悩みなんてどうでもいいと思っていた。 わからないなら愁に一つ一つ教えてもらえばいい。そして、これからもこうして二人で笑い合っていたい。それが今の瑞樹の一番の幸せだった。

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