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第26話「ちょっとくらい意識してください。」

食べ終わった後、テキパキと皿を片付けてシンクに持っていった愁がそのまま洗い物を始めようとしているのを見て、瑞樹は急いでパタパタと走ってキッチンへと向かう。 「いいですよ。瑞樹さんは執筆で疲れてるだろうし、ゆっくり休んでてください。」 「でも、ご飯作ってもらった上に片付けまでしてもらうだなんて…。このままだと俺、人間としてだいぶクズじゃないか…?心が痛んで仕方ない。」 「あー、じゃあお皿拭くの手伝ってもらっていいですか?」 「!あぁ、任せろ!」 近くに置いてあった乾いた布巾を手に取り、やる気満々の瑞樹。洗い終わったお皿を愁から受け取ると、水滴一つ残さず拭き取るよう、丁寧に布巾でお皿を吹くと、きゅっきゅっとお皿が鳴いた。 瑞樹のことを知れば知るほど、二十五歳とは思えない子供っぽい可愛らしい言動が目立つようになり、その度に愁は頭を抱えた。本当に自分より五歳も年上なのだろうか、本当は五歳の男の子なんじゃないだろうか、と眠れない夜に本気で考えたこともあるくらいだ。 それほど瑞樹の実年齢と中身のギャップは激しく、それが可愛くて愛おしくて堪らないのだ。 お皿についた油汚れを泡まみれのスポンジで擦って洗い落としながら、あぁー、やっぱ好きだぁ…。と、もう何度目かわからないが、今日もまた瑞樹に惚れ直していた時だった。 「愁はさ、プロポーズしたい派?されたい派?」 これまた瑞樹の突拍子もない質問が飛んでくる。 瑞樹はなんでも突然だ。どこかに行くにしろ、何かを言うにしろ、いつだって何の前触れもない。本人の頭の中では、きちんと段階がありそこにたどり着いた流れがあるのだが、その前段階は本人の頭の中だけで完結し、最終的に辿り着いた結果だけを伝えるため、周囲からしたら突然に感じてしまうのだ。瑞樹のいつもの突然に、だいぶ愁も慣れてきたが、まだ完全に慣れたわけではない。 また突然なことを…。と思いながら、平然とした様子で答える。 「俺はしたい派ですね。相手を喜ばせる方が好きなんで。瑞樹さんはどっち派ですか?」 「俺かぁ。俺はそうだな…どっちでもいい。」 「はぁ?なんですかそれ。そういうのナシですよ。」 「ナシってなんだよ。どっちかじゃないといけないとか言ってないだろ。」 「そんなのずるじゃないですか…。」 唇を尖らし、不満そうな顔をする愁。その愁の横顔をじっと見つめた数秒後、また瑞樹の口から突拍子のない質問が吐き出される。 「じゃあ、プロポーズするならどんな言葉でプロポーズするんだ?」 「はぁ!?」 思わず大きな声を出してしまった。泡まみれの皿が手からつるっと滑ってシンクの中に落としそうになったのをなんとかギリギリキャッチする。 瑞樹が深い意味で聞いていないのは理解している。だが、好きな人からそんな質問をされれば、当たり前に動揺してしまう。 一か月ほど前に、瑞樹のことが好きだとちゃんと伝えたはずだし、本人もその“好き”は恋愛的意味の“好き”だと理解していると思っていたのだが、本当に瑞樹が理解できているのか不安になってくる。 「あ、あの、瑞樹さん。俺、まだ全然瑞樹さんのこと恋愛的な意味で――」 「あ、おい。袖濡れそうになってるぞ。」 瑞樹が愁に寄り添うような形でぴったりと横にくっつき、皿洗いをしているうちに降りてしまったTシャツの右腕の袖の裾を一生懸命折り曲げる。 腕が絡み合うような形になり、愁はドキドキしながらも、虚しさを感じた。 自分はこんなにも瑞樹の一言一行に激しく心を動かされ、ドキドキされっぱなしなのに、瑞樹ときたら意識さえ一ミリもしてくれていない。意識しているのなら、平気でこんなに近い距離になろうとしないだろうし、そもそも簡単に家にあげるわけない。 好きになってほしいなんて、そんな贅沢言わないから、好きがわからないままでいいから、ただ、少しだけ、瑞樹に自分でドキドキしてほしいと思った。 「よし、これでOK。」 「瑞樹さん。」 雑ではあるが、腕まくり作業を完了した瑞樹が、愁に名前を呼ばれ、ぱっと顔をあげる。真剣な表情の愁とばちっと目が合った。数センチ先には愁の顔。 「俺、これからも一生あなたの隣で笑っていたいです。だから、あなたも俺の隣でずっと、笑っていてくれませんか?」 瑞樹の頬がピンクに染まり、熱に浮かされたような顔になる。ぼんやりした瞳で愁を見つめ、小さく唇を動かした。 「俺も…。ずっと愁とこうして笑っていたい。」 愁の脳内で緊急アラームが鳴り響く。これ以上はダメだ。これ以上近づいてしまえば、きっと、歯止めが利かなくなってしまう。絡んだままの腕を、勢いよく愁が引き抜いた。 「なんて感じで、俺ならプロポーズしますね!あはははっ!」 変な空気になってしまったのを吹き飛ばすため、わざとらしく豪快に笑い声をあげる。瑞樹の顔を見ることができず、既に汚れは落ちているのに、摩擦で穴が開くんじゃないかと思うくらい何度も同じ場所をごしごしとスポンジで擦って場をしのぐ。 「あ…。あぁ、そういう…!…俺はてっきり俺に言ったのかと…。あっいや、なんでもない!あ、えっと…。そ、そうか!そういうプロポーズの言葉いいな!あの、実は次に書く予定の小説のプロットを合間に考えていてな!学生モノが今まで多かったが次は大人の恋を書くのもいいかなと思っていて!さ、参考になった!ありがとう!あー、そろそろ執筆に戻るかなぁー!!」 はははっ、と、ぎこちない笑い声を出しながら、瑞樹は自室に戻っていった。静まり返ったリビング。瑞樹が自室の扉を閉めたのをバタンッという音で確認すると、愁はその場にへなへなーっと、力が抜けたかのようにしゃがみ込んだ。 「なっ…なんなんだよあの顔…。あんな顔初めて見た、ってゆーか…可愛すぎんだろぉ…。」 脳裏に浮かぶ、さっき見た瑞樹のとろんっと甘くとろけた顔。尊すぎて言葉にできない想いを今すぐ奇声に変えて叫びたかったが、その衝動をキッチン台の側面に、少し強めに頭を一発ぶつけてぐっと堪えた。 「これ以上はダメだ。これ以上近づいたら俺、まじで何するか…。自重しよう…。」 いつかさよならする日が来るとしても、少しでも瑞樹と長くいれるようにするため。今までの自分の言動を反省し、愁は今後の行いを見直すことに決めた。 自分の言動に悩み、反省していたのは愁だけではなかった。 ぎこちない笑い声をあげながら、自室へと再び籠った瑞樹はというと、バタンッとドアを閉めるとすぐに、凄まじい勢いでベッドへダイブし枕に顔を埋め、ああああああっっっ!!!!と足をバタバタと激しくばたつかせながら、言葉にならない叫びをあげていた。 「何言ってんだよ俺ぇ…。まじで、何が『ずっと愁とこうして笑っていたい。』だよっ!いや、本当にそうなんだけど、そうなんだけどさぁ~っ!」 瑞樹は、愁のプロポーズの言葉を自分に向けた言葉だと勘違いしたことが恥ずかしくてベッドの上でサイレントで大暴れをする。スプリングがギシギシと軋む音だけが部屋に響いている。 『俺、これからも一生あなたの隣で笑っていたいです。だから、あなたも俺の隣でずっと、笑っていてくれませんか?』 愁にそう言われたとき、瑞樹は嬉しかったのだ。愁は自分のことを恋愛的な意味で好きでいてくれている。 でも、その答えをちゃんと出せてない自分が軽はずみな言動をするのは良くない。そう思って、これからもずっと一緒にいたいと思っていることは伝えないでいた。だが、愁も同じように思ってくれていることを知った瞬間、嬉しすぎて、つい自分の気持ちを素直に答えた。だが、それはただの勘違いだった。 「当たり前だよな…。一番大切な答えを出さないままの人間と、これからもずっと一緒にいたいだなんて思えるわけないよな…。はぁ…なんて俺は都合良い人間なんだ…。最低だ…。」 自分の性格の悪さにうんざりして、がっくりと肩を落とす。ふと、胸に手を当てる。ドクドクと早い鼓動が治まらない。 「…なんで俺、こんな息苦しいんだ…?」 感じたことのない変な感覚に違和感を感じながら、ドクドクと鳴る鼓動を落ち着かせるように、ゆっくりと擦った。

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