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第27話「痛いの痛いのとんでけ、やります?」

パソコンのキーボードをカチャカチャと鳴らしながら文字を入力して、すぐにバックスペースキーを長押しする。また、何文字か入力して、すぐに消す。それを何度か繰り返してから、瑞樹はキーボードから手を離し、はぁっと溜息をついた。 「駄目だ…。まったくわからん。」 順調に進んでいた執筆だったが、回想シーンで主人公ユウトがツバキを好きになる瞬間のシーンが書けないでいた。原稿用紙の画面を一旦画面から消し、インターネットを開く。『恋に落ちる瞬間』で検索をすれば、ずらっと参考になりそうな見出しが並ぶ。とりあえず一番上に出てきたサイトにアクセスし、マウスのホイールを下へと回転させる。 「恋に落ちる瞬間ランキング、か…。1位が…居心地がいいと思った…。いや、でも男同士の恋愛だしな。別に居心地いいだけなら友達でもいいし。2位は…顔が好み!?なんだよ、結局人間顔なのかよ!んで、3位がー…優しくされた、か…。んー…具体的な例がもっと欲しい…。そもそもなんで人は恋に落ちるんだ、ましてや、ユウトとツバキは男同士なわけだし、普通に友達でもいい気がする…。」 画面を見つめながら、瑞樹が一人ぶつぶつとぼやいていると、コンコンッと部屋の扉をノックする音がした。瑞樹が、はーい。と返事をすると、ガチャっと扉が少しだけ開き、その奥から愁がひょこっと顔だけを覗かせた。 「瑞樹さん、そろそろ終電なんで俺、帰りますねー。」 「あぁ、もうそんな時間か。」 デスクに置いてあるデジタル時計を見ると、二十三時三十分と表示されてあった。 「キッチンの掃除してたら遅くなっちゃいました。お風呂も掃除しといたんで、お湯張ったらすぐに入れますよ。」 「何から何まで申し訳ない…。ありがとう。」 「いえいえ。俺がやりたいだけなんで。それじゃ、また連絡します。」 「待って、愁!」 ゆっくりと扉をしめる愁。瑞樹は椅子から立ち上がり、慌てて閉まりかけた扉の隙間に指を突っ込んだ。勢いはなかったものの、扉を閉めようとしていた愁の引く力は強く、ぎゅうっとドアの間に左手を挟んでしまい、瑞樹は「い゛っ!?」と声をあげた。その声と、がっつりドアに挟まれている瑞樹の左手を見て、愁は慌てて扉を開けた。 「瑞樹さんっ!?何やってんですか!?」 挟まれていた瑞樹の左手を、優しく、労わるように両手で包み込み声を荒げ怒ると、まさかそんなに怒られるとは思ってもいなかったため、瑞樹は顔を引きつらせた。 「ごめん。愁に用事があったんだが、帰ろうとしていたからつい慌てて…。」 「そんなの普通に呼び止めればいいじゃないですか!瑞樹さんの大切な手が俺のせいで…。」 愁は顔面蒼白で、目にはうっすら涙を浮かべている。怒ったり悲しんだり、忙しい奴だ。と、どこか他人事のように思いながら、瑞樹は少し面倒くさそうに喋った。 「お前、大袈裟すぎだぞ。生きてたら普通に手を詰めることくらい俺にもある。この前なんか寝ぼけてタンスの角に小指ぶつけたしな。あの時の方が数倍痛かったぞ。折れたかと思った。」 大丈夫だということをどうにか愁に伝えたくて、瑞樹は愁の手のひらの上で、左手をグーパーグーパーと何度か繰り返し見せてやる。眉尻を下げ、しょんぼりとした表情で瑞樹の開いて閉じてを繰り返す左手を愁はじーっと見ると、詰めた部分を優しく撫でる。 「大丈夫です?痛くないですか?冷やします?」 「大丈夫だ。出血もしてないし冷やすほどのことでもない。詰めたばかりでまだ多少痛いが…。すぐ痛みも引くだろ。てゆーか、撫でるのやめろ、くすぐったい。」 「…痛いの痛いの飛んでけ、やります?」 「だ・れ・が!やるか!!何歳だと思ってんだ!!」 愁の手の中から、シュッと手を引っこ抜くと、腕を組み、瑞樹は怒って見せる。ふざけた発言ができるということは、手は大丈夫だと理解してくれたらしい。瑞樹はほっと安心した。

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