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第28話「お、お泊りデートって事ですか!?」
「あ、それでその、用事なんだが執筆でちょっと悩んでるシーンがあって。主人公ユウトがツバキに恋に落ちるシーンが上手く書けなくて困ってるんだ。どうもしっくり来る表現ができなくて。」
「恋に落ちるシーン、ですか。」
愁が顎に手を当て、ふむ、と考える。
「2人が中学生の頃の回想シーンを今書いていて、友達何人かで遊園地に遊びに行ったタイミングで、ユウトのツバキへの想いが恋心だと確信に変わるっていう流れなんだが、そもそも人はどういう経緯で何きっかけで人を好きになるのかがわからなくて…。」
書き途中の原稿用紙を開き愁に見せると、愁はざっと、行き詰っている前の文章何行かに目を通した。
「なるほど。観覧車の中で夕日に照らされたツバキに『ずっと隣にいてくれ』って言われて、恋に落ちるっていう流れなんですね。」
「あぁ。話の流れは作れてるんだが、その時のユウトの心境がどういう感じなのか掴めなくてだな…。ツバキのこのセリフは友達として、って意味だから、好きと気づいただけじゃなく、なんかこう、ユウトは複雑な気持ちもあるんだろうなーとは思うんだが。」
上手く文字に起こせないのがもどかしく、瑞樹は手をわきわきと動かした。そんな瑞樹をよそに、愁はポケットからスマホを取り出すと、軽快な手つきでスマホを操作する。
「よし。わかりました。デートに行きましょう。」
スマホの画面を切り、スッとポケットに戻すと、瑞樹の方を向き直してから愁はにっこりと笑顔で言った。愁が言った言葉の意味がわからず、瑞樹はぽかんと口を開け、瑞樹を見つめる。
「実際このデートシーンと同じ行動してみましょう。そしたら何か掴めるかもしれないですよ。それに瑞樹さん、最近ずっと家に籠ってばっかなんで、たまにはそろそろ外に出ましょうよ。」
「はぁ…それってお前…。お前が遊びに行きたいだけだろ。」
「いいじゃないですかぁ!あとちょっとで夏休みも終わっちゃうし、最後に思い出作らせてくださいよー!超暇なんですぅ!」
「知らん!大学の友達と遊べ!」
瑞樹がぷいっとそっぽを向き、椅子にドカッと座ると、愁は椅子の背もたれに手をかけ、後ろから瑞樹の顔を覗き込むような態勢になる。
「俺は瑞樹さんと一緒にいたいんです!」
「変な奴ぅ!」
「好きな人と一緒にいたいって思うのは普通の恋愛感情ですぅー。まぁ、瑞樹さんみたいな恋愛についてお
こちゃまだとわかんないでしょうけどぉー。」
「なんだとっ!」
真横にある愁の頭を椅子に座ったまま、ぐりぐりと乱暴な手つきで撫でると、愁は目をきゅっと目を細め、少し頬をピンクに染めながらも瑞樹の手を掴み抵抗する。
「ちょっ、瑞樹さん!痛いですって、やめてくださいよっ!もうっ!」
「あははっ、どーだ!これに懲りたら年上のことはちゃんと敬うんだな!」
腰に手を当て、ふふんっと勝ち誇った顔で愁の方を首だけ振り返る瑞樹。
――本当、あなたって人は…。
愛おしくて愁の心はきゅうっと締め付けられる。
今すぐにでも、目の前にいる大好きな人の背中を抱きたくて仕方なかった。後ろから強く抱きしめれば、瑞樹さんはどんな反応をするんだろうか、困るかな、嫌がるかな。恥ずかしがって、顔を真っ赤にしながら逃げようとするかもしれない。想像しただけで、好きが倍増する。
可愛い。もっともっと触れたい。もっともっと触ってほしい。瑞樹の肩に伸びた右手を、ぐっと力強く握りしめ、ズボンのポケットへと閉まった。
「あっ、やばい。俺、終電っ!」
「えっあ!悪い、俺が引き止めたせいで!今ならまだ…。」
デスクに置いてあるデジタル時計を確認すると、瑞樹は言いかけていたことをやめた。罰が悪そうな声で、「あー…。」と言い頬をぽりぽりと掻きながら、愁の顔を見る。
「ごめん、終電…もう終わってる。」
瑞樹が指さす方を見ると、デジタル時計はあと数分で0時になろうとしていた。
「ごめん!俺が引き止めたせいで。タクシー代出すから!」
「別に気にしないでください。そんなに遠くないんで歩いて帰りますから。」
「こんな深夜に一人で歩いて帰るなんて危ないだろ。いいからタクシー代受け取れって。すぐに呼んでやる
から。」
「いや、本当に受け取れませんって!」
財布からお札を取り出そうとしている瑞樹の手をガッと掴むと、瑞樹は眉間に皺を寄せて、困ったように唸った。数秒経って、瑞樹は渋々取り出しかけていたお札を財布にしまい、財布のチャックを閉めた。愁はほっと安堵した。のも束の間。
「わかった。じゃあ今日泊まっていけ。」
「…は?」
瑞樹の突拍子もない発言で、愁の脳内は宇宙へと飛び立った。その間に瑞樹は、こうしちゃいられない!といそいそと部屋を出て、お風呂のお湯を張り始める。隣の部屋から「着替えMサイズかLサイズどっちがいいー?あと半袖?長袖?」という瑞樹の声で、はっと我に返りばたばた走って、瑞樹の後を追う。
「と、泊まりませんからねっ!?」
右手には黒のMサイズのTシャツを、左手には紺色のLサイズのTシャツを持った瑞樹に大きな声でそう伝えると、瑞樹は寂しそうにしょんぼりとした。
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