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第29話「落ち着け俺!平常心!」

「何故こうなったんだ…。」 愁が瑞樹に「泊まりませんからねっ!?」と言ってから数十分後。愁はLサイズの紺色の半袖Tシャツを着て、リビングのソファで頭を抱えていた。借りた服に顔を埋めれば、大好きな瑞樹の香りがして変な気持ちになる。 健全な若い二十代男子が、一つ屋根の下、共に夜を過ごす…。 「駄目だ…貞操を守れる気がしない…。」 はぁーっと深いため息をつく。だが、あの場でしょんぼりとした瑞樹を無視して帰ることも、愁にはできなかった。 言葉にはしていなかったものの、瑞樹の寂しそうに眉尻を下げた顔は、「帰っちゃうの…?」と言っていた。しゅんっと萎れ、小さく肩を縮こまらせながら取り出したTシャツをしまいに行く背中は、あまりにも哀愁が漂い、罪悪感を感じた愁は「やっぱり泊まります。」と言わざるを得ない状況だった。 その言葉を聞き、瑞樹は息を吹き返したように嬉しそうに笑うと、愁を風呂場へと誘導し先にお風呂へ入れると、その後すぐに続けて、愁と入れ替わりで自分もお風呂へ入っていった。 「落ち着け俺…。平常心、平常心…。」 深く深呼吸をして、気を紛らわせるためにテレビをつけた。時刻は深夜一時。そんな時間に放送している番組は、まぁそれなりにディープな内容について触れている番組がしているわけで…。 「初めてのお泊りデートでお誘いをする人は百人中七十六人もいるんですねー!」 「ぶふぉっ!?」 テレビをつけた瞬間に、名前も知らない三十代くらいの女性芸能人が驚いた声で言った言葉に愁は驚き、思わず吹き出した。 テレビには『初めてのお泊りデートで女性からお誘いする確率』という見出しの下に、円グラフが出ている。今の自分の状況にまさにぴったりの内容で愁は動揺しながら慌ててテレビを消した。 「お、おおおおおおおさっ、お誘いっとか…。俺と瑞樹さんは、その、付き合って、ないし、そんなこと、ありえないしっ!全然、お、俺には関係ない内容でっ。」 「愁ー。風呂上がったぞー。」 「はひぃっ!?み、みみみ瑞樹さんっ!?」 いつの間にかお風呂から上がったばかりの瑞樹さんが、後ろに立っていた。タオルを肩にかけ、濡れたままの髪がやけに色っぽく見える。まさに、水も滴るいい男。 「あ、ごめん。別に驚かすつもりはなかったんだが…。なんか飲むか?ビールなら買い置きがまだ何本かあったはず…。それとも紅茶の方がいいか?」 「あ、いや、全然お気遣いなく…。てゆーか、全然髪拭いてないじゃないですか。ちゃんとドライヤーしてください。濡れたまんまクーラーの冷たい風当たったら風邪ひきますよ。」 「んあ?いいんだよ、すぐ乾くし。面倒だからいつもドライヤーしてないし。」 ぽてぽて歩きながらどこかへ行こうとする瑞樹の腕を掴むと、肩にかけてあったタオルを取ってばさっと瑞樹の頭にかけた。突然視界がタオルで真っ暗になり、わたわたと慌てる瑞樹の頭を、愁はわしゃわしゃとタオルで乾かしてやる。 「駄目です。ほら、乾かしてあげるんでドライヤー持ってきてください。」 「んむぅっ、いいってぇ…。」 目をぎゅっと瞑り言葉では否定しているが、特に抵抗することもなく、愁にされるがままの瑞樹。人に頭を触られるのが気持ちいのか、きゅいっと口角が微かに上がっている。 「だーめーでーすっ!すぐドライヤー持ってくるんで、待っててください。」 瑞樹の頭からぱっと手を離すと、ぱたぱたと脱衣所へドライヤーを取りに行き、すぐにリビングへと戻ってきた。 ドライヤーを持ってソファーに座ると、ちょうど瑞樹が間に入れるくらい足を開き、ソファの下を指さしてそこに瑞樹が座るよう促す。一瞬躊躇った瑞樹だったが、「早く来てください。」とまったく引く気のない愁の態度に折れ、渋々愁の足の間に入り、ちょこんっと座る。 耳元でブォーッとドライヤーの音が鳴る。愁の指が髪の中に入り、優しく頭皮を撫でるように動いていく感覚が気持ちよくて、瑞樹はぶるっと小さく身震いをした。心地よすぎて次第にうとうとし始める。もっと触ってほしいなぁ。と思っていると、カチッという音と共に、耳元で鳴っていたドライヤーの騒音が止み、愁の指が頭から離れていく。 「はい。終わりましたよ。」 少し寂しさを感じながら、頭だけくるっと後ろを振り返らせて愁の顔を見上げる。 「ん、ありがとう。」 「瑞樹さん眠たそう。そろそろ寝ますか。」 「ん…寝る…。」 「ドライヤー片付けてきますね。」 目をとろんとさせ、焦点が合ってないぽやぽやした瑞樹の顔と声は、愁にとって目の毒だった。 そそくさと瑞樹から距離を取るようにドライヤーを持ってリビングを出る。心の中で、煩悩退散、煩悩退散、と呪文のように唱えながら、脱衣所にドライヤーを戻してからリビングへと戻る。 すると、さっきまでソファの下に座っていた瑞樹が、ブランケットをお腹にかけた状態でソファの上で横になっていた

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