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第30話「一緒のベッドで寝るって…何かするかもしれないですよ?」
「ちょっと瑞樹さん。ベッドすぐ隣の部屋にあるんだから、ちゃんとベッドまで行ってから寝てください。」
「いや、いい。俺は今日ソファで寝るから。愁がベッド使え。」
「はぁ!?何言ってるんですか!」
深夜の静かな時間帯に愁の驚いた声はよく響いた。突然の大きな声に、瑞樹はびくっと肩をびくつかせ飛び起きた。
「お前…突然大きな声出すなよ。びっくりして目が覚めただろ。」
「いやいや、びっくりしたのは俺の方なんですけど。なんで家主である瑞樹さんがソファで寝て、俺がベッドなんですか。おかしいでしょ。俺がソファで寝るんで瑞樹さんはベッドに行ってください。」
ソファから無理矢理瑞樹を立たせると、ぐいぐいと無理矢理押して、ベッドのある自室へ入れようとする愁。
「いや、それは申し訳ない。俺がソファで寝る。」
「駄目です。瑞樹さんがソファで寝るなら俺は床で寝ます。」
「それこそ駄目だろ!」
「ならちゃんとベッドで寝てください。」
困った顔でうぐぐっと唸り、瑞樹が次の手を考えているうちに、愁は素早い手つきで瑞樹の持っていたブランケットを奪い、瑞樹が抵抗できないようにブランケットでぐるぐる巻きにして拘束すると、ぐいぐいと瑞樹を押してベッドの前まで連れてきた。とんっと軽く肩を押すと、両手を拘束されている瑞樹は簡単にベッドへと倒れる。
「ちゃんとベッドで寝ること。いいですね?それじゃ、おやすみなさい。」
ベッドに横たわる瑞樹に背を向け、部屋を出ようと一歩踏み出した瞬間、ぐんっと腰に重みを感じた。
「残念。足も拘束しとけばよかったな。」
顔は見えないのに、声だけで瑞樹が勝ち誇った顔をしているのがわかった。
いや、そんなことよりこの状況だ。瑞樹の細い足が、愁の腰に絡まり、がっちりホールドしている態勢になっている。愁の頭の中は大パニックを起こしていた。
「み、瑞樹さっ!?何してっ!」
腰をホールドしている足をぐいっと手前に引くと、愁はぼすっとベッドの淵に座らされ、ブランケットによって拘束されていたはずの瑞樹の腕が愁の首元に回る。
「俺思ったんだけど、一緒にベッドで寝れば解決じゃん。ちなみに、拒否したら愁の首絞めちゃうよ?」
瑞樹にとっては男子特有の悪ノリのつもりなのだろうが、愁にとってはただのご褒美でしかなかった。腰に絡みついている瑞樹の足が、首に回されている瑞樹の腕が、背中にぴったりとくっついている瑞樹の体から感じる体温が、全てが愁の理性をぶち壊す興奮材料でしかない。
「ほら、どうすんだよ。愁が一緒にベッドで寝ないって言うなら俺が床で寝るからなぁ?早く答えろよ、ほらほら。」
愁の返答を急かす瑞樹が、早くしろと言わんばかりに愁にぴったりくっついたまま上下にゆさゆさと揺れる。ベッドのスプリングがギシギシと軋む音が愁の妄想を掻き立て、ついに愁の理性はぷつりと切れた。
「なっ…なん、だよ…。」
立場逆転。さっきまで瑞樹の方が愁より優位な位置に立っていたはずなのに、いつの間にか瑞樹はベッドの上で愁に押し倒される形になっていた。
瑞樹の上に覆いかぶさっている愁の目はぎらついていて、雄の顔をしていた。瑞樹は顔を赤くし、戸惑い困った表情をしながらふいっと愁から目線をそらす。その恥ずかしがっている仕草さえも可愛くて、愁の気持ちを煽る。
「瑞樹さん…俺、瑞樹さんのこと恋愛的な意味で好きなんですよ…。」
「ん…知ってる…。」
「それなのに一緒のベッドで寝るとか…正気ですか?」
ねっとりとした手つきで瑞樹の赤く染まった頬に触れると、瑞樹はくすぐったそうに目を細め、小さな声で「んっ…」と反応した。
「だって…愁をソファで寝かせるわけには…。」
「でも俺、瑞樹さんに何かしちゃうかもしれないですよ?」
「何かって…なんだよ。」
人差し指で瑞樹の、薄いのにぷっくりと膨らんでいる下唇をなぞるように触ると、瑞樹は瞳を潤ませ、小さく唇を震わした。
「んー…瑞樹さんは何だと思います?」
意地悪な意味を含めた微笑を浮かべながら、瑞樹の唇をふにふにと触って遊ぶ。数秒間、目を泳がせたあと、唇を少しだけ開けて、瑞樹は答えた。
「顔に落書き…とか?」
思いもよらない瑞樹の回答に、愁は目をまん丸にさせた。いい雰囲気だったのに、瑞樹のたった一言でムードがぶち壊れ調子が狂う。
「…瑞樹さんって本当、恋愛のことになると突然馬鹿になりますよね。それでも本当に恋愛小説家ですか?」
頭をガシガシと掻きながら、呆れた様子で愁がそういえば、愁の下で瑞樹は頬を膨らまして小さく暴れる。
「はぁ?馬鹿にすんなよ?これでもこの前デビュー作がリメイクで映画化された超有名イケメン小説家だぞ?」
「ふふっ、知ってます。その試写会で瑞樹さんが桜庭みずき先生だって知りましたから。」
ぼふっと愁が瑞樹の隣で横になる。ベッドは瑞樹の香りが濃くついていて、鼓動は早まるものの、大好きな香りに包まれ、安心感と幸福感でいっぱいになる。
隣を見れば瑞樹の顔。これでも充分幸せだから、まぁいっか。と心の中で愁は思う。
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