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第31話「俺と出会ってくれてありがとう」
「そういえば最近、SNSのフォロワーが増えたんだ。ほら、女の子ばっか。」
枕元に置いてあったスマホを手に取ると、天井へ掲げ、SNSのフォロー欄を愁に見せる。
瑞樹の言う通り、SNSのフォロー欄は数か月前まで味気ない人数しかいなかったのに、いつの間にかどっと増え、フォロワーのアイコンはスタンプで顔は隠しているものの、可愛らしい服に身を包んだ女の子の写真ばっかりだった。
「担当者がイケメン小説家で売れば流行ると言っていたけど、大成功だったみたいだな。まぁ、小説自体は今だ売れてないけど…。このフォロワー達ちゃんと俺の本読んでくれてんのかな…読んでなさそう。」
「桜庭みずき先生の良さは顔じゃなくて、小説の中に詰まってるのに。桜庭みずきの本当の良さを知らない人にファンは語ってほしくないですね。」
スマホをギリッと鋭い目つきで睨む愁。瞳はジェラシーの炎がごうごうと燃え盛っていた。
「桜庭みずき強火担やめろ…。絶対SNSでマウント取ったりするなよ。本を読んでくれてなかったとしてもフォロワーが減るのは悲しい。」
「しませんよ。瑞樹さんの良さをわざわざSNSで暴露するなんて。俺は独り占めしたい派なんで。」
にっこりと笑う愁に向かって「あっそーかい。」と適当に返事をすると、愁がリモコンを操作して部屋の電気を消した。セミダブルベッドで男二人が寝るのはやはりさすがに狭い。寝ている間に瑞樹が落ちるのが心配で、壁際と変わるか聞こうとした時だった。
「…まぁでも、愁には感謝してる。愁がいてくれなかったら、あのままずっと何のアイデアも出ず、今頃俺は小説家としての命が尽きていたと思う。あのファミレスで会ったのはある意味運命かもなぁ。…愁、俺と出会ってくれてありがとう。」
瑞樹の手が愁の頭に触れ、優しく撫でる。
今、2人は向き合っている態勢なのだろうか、どのくらい近い距離に顔があるのだろうか、どんな顔でそんなことを言っているのだろうか。
電気を消したばかりでまだ暗闇になれていない目では、真っ暗な世界しか広がっていなくて、まったく何も見えない。
何で明るい時に言ってくれないんですか…。と愁は思うが、きっとそれは、瑞樹なりの照れ隠しなのだ。どうしようもないくらい好きで好きで堪らない気持ちが溢れてしまい、気づいたら愁は瑞樹をぎゅっと抱きしめていた。
「ふぇ…?えっあ、愁っ…。」
「はぁあーーー。まじで瑞樹さんって…何?わざと?本当は恋愛知らないとか嘘でしょ?全部わざとでしょ?」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる力を強めれば、腕の中で瑞樹は苦しそうな声をあげた。だが、抵抗する様子は一ミリもないから余計に愁は嬉しくなる。
「はぁ?お前何言ってんだ?てか、くっつくなよ苦しい!力強すぎだし、熱いだろ!」
「これで我慢するんで、桜庭先生は俺に抱きしめられた感覚を小説の参考にでもしてくださーい。よかったですね、俺がいて。」
「何の参考だよ!おい、離せって!」
「おやすみなさい。」
「おい、人の話聞けよ!おいって!」
それ以降はいくら体を揺すっても、声をかけても、愁は狸寝入りを貫き通してまったく反応しなくなった。諦めた瑞樹は、はぁっと溜息をつき、愁の腕の中でもぞもぞと動いて愁の胸に顔を埋めた。
「確かに愁は愁らしくいればいいって言ったけど…。らしさ全開もほどほどにしてくれよ~…。おやすみ。」
目を瞑れば、ドクドクと心臓の音がよく聞こえた。
――俺の…?いや、愁の心臓の音か。すごい早いし音うるさすぎ。こいつ、本当に俺の事好きなんだな。そういえば、愁は俺のどこが好きなんだろう。なんで、いつから好きになったんだろう。好きってどんな感覚だろう。ドキドキしてる感覚はどんな感じなんだろう。俺の事を抱きしめてる今、愁は何を考えてるんだろう。もっともっと、愁のことが知りたい。
瞼がだんだんと重くなり、瑞樹は眠りについた。
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