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第32話「なんだこれ。なんか変…こんなの、俺、知らないっ…。」

「――さん…み、きさん…みずき、さん…瑞樹さん…。」 誰かが名前を呼ぶ声が遠くからする。朦朧としていた意識が少しずつ覚醒していくにつれ、その声はだんだんと近づいてきてぼんやりとしていた声がはっきり誰の声かわかるくらいの距離まで来た。 「ん…しゅ、う…?」 重たい瞼を薄っすら開く。部屋の中はまだ暗い。四時とか五時とか、そのくらいの時間だろうか。愁が上に乗っかっているのか、鉛のように体が重い。 「愁、重い…。どけろよ…。」 寝起きでうまく回らない呂律でぼそぼそと小さな声で言う瑞樹。 ぼやける視界の中で愁の顔がゆっくり近づいてくるのが見えた。唇に柔らかいものが当たる。それはすぐに離されるが、またすぐに同じ場所に同じものが当たる。 一瞬触れるだけのその行為を三回ほど繰り返されてようやく瑞樹は、愁にキスされているのだと理解した。 「んんっ!?愁っ、なにしてっ!んぅっ!」 愁を押し返すために腕を動かそうとするが、何故か体が動かない。腕どころか、動かすことができるのは口のみで、それ以外の部分は、頭のてっぺんからつま先まで、指一本も一ミリさえ動かすことができない。まさに、金縛りにあっている状況だ。 寝ている間に、愁がベッドに括り付けるなどの拘束をしたのかとも思ったが、ちらりと自分の体を見てみればとくに体を拘束されている様子はなく、愁の手は瑞樹の頭を優しく撫でているため、押さえつけられているわけでもなかった。 瑞樹が必死に状況を把握しようとしている間も、愁からのキスの雨は止まない。 最初は一瞬ちゅっと触れるだけだったキスが、次第に一回の長さがだんだんと長くなっていき、何度も何度も、角度を変えてそれは行われた。 「んっ、瑞樹さん…好きです。」 両手で瑞樹の両頬を優しく包み込み、低く甘い声で耳元で囁けば、瑞樹は全身をゾクゾクとさせた。 ドックンドックンと飛び跳ねる心臓の奥がむず痒い。耳に吹きかかる愁の熱を帯びた吐息が瑞樹を変な気持ちにさせていく。 「もっ…好きなのは、わかった、からぁ…。だからっ、もう、キスやめっ…。」 “やめろ”という瑞樹の言葉を、愁は唇で塞ぐ。下唇をパクッと食べるようにキスをし、はむはむと唇を動かせば、瑞樹は気の抜けた声をあげた。 「ふぁっ…しゅ、う…んんっやめっ…。」 脳が溶けていく。頭も心も、ふわふわの温かくて柔らかい綿毛に全身が包まれているかのような感覚になり、ふにゃふにゃと勝手に力が抜けていって、何も考えれなくなっていく。 こんなの駄目なのに、ちゃんと抵抗して辞めさせるように強く言わなきゃいけないのに。頭ではわかっていても、体はもっと欲しいと愁のキスを求め続ける。ただ唇と唇をくっつけたり離したりしているだけなのに、なんでこんな気持ちになるんだ。変だ。こんなの、俺、知らない…。 キスの快感に溺れ、くったりと力が抜けた状態でふわふわと夢見心地な脳内で瑞樹は思う。 「瑞樹さん…。」 吐息交じりで愁が瑞樹の名前を呼ぶと、愁は赤い舌をちろりと少しだけ出した。瑞樹の上唇をねっとりした動きで舐めると、微かに開いていた瑞樹の口の中に舌を――

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