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第33話「昨日の夜、俺に何かした…?」
「うぉあぁあああああああっっっっ!!!????」
瞼をこじ開け、勢いよくベッドから体を起こす。はぁはぁと、肩で息をしながら部屋の中を見渡す。さっきまで上に乗っかっていた愁がいない。カーテンの隙間から、明るい光が零れていた。ドクドクと異常なくらい早い脈を打つ心臓に手を当てる。
「ゆ…夢…だったのか?」
夢にしてはあまりにも生々しかった。愁の唇に触れた感覚も、耳元で囁かれた時の息の生温かさも全て残っている。両手をわきわきと動かしてみる。
「動く…もんな。…やっぱり夢だったのか…?それにしては舐められた時の感覚も…舌を入れられ…い、いや違う!入れられてない!ぎ、ぎりセーフ!ぎりセーフだった!!」
枕をぼすぼすと殴りながら大声をあげる。全身が燃えるように暑い。愁に触れられた感覚が残る場所は特に。コンコンっとドアをノックする音がした。
「瑞樹さーん。起きました?ちょうど朝ごはんできたんで、こっち来てください。」
ドア越しに愁が声をかけてきた。瑞樹は思わず動揺で声を上擦らせながら「お、おう!い、いいい今行く!」と返事をして自室を出た。
リビングに行くと、既に食卓に朝食が並べられてあった。トーストの上にベーコンエッグ、彩り豊かなサラダとコーンスープ。
まるでカフェの朝食メニューのようにおしゃれに盛り付けられてあり、日頃写真なんて参考資料を収集する時以外では滅多に撮らない瑞樹だったが、あまりの感動に思わずスマホで写真を撮った。
「愁、お前すごいな…。毎朝こんな豪華な朝食を作ってるのか?」
「そんなわけないじゃないですか。適当に食パンかじるか、大学の近くにあるコーヒーショップがあるんで、そこの朝食メニューを利用することが多いです。」
「俺の為に…面倒なことをさせてしまって申し訳ない。」
愁が自分の為に朝早く起きて頑張って料理している間、自分は呑気にぐうぐうと寝ていたことに少し罪悪感を覚える。
「面倒なんかじゃないですよ。瑞樹さんの喜ぶ顔を俺が見たくてやっただけです。だから、自分の為にやったんですよ。気にしないでください。」
「すごい喜んでるぞ俺は!ありがとう愁!」
自分の感情を大きく出すのはあまり得意ではないが、ちゃんと喜んでいると伝わるように、いつもより大袈裟に笑顔と明るい声作り、瑞樹が感情を表現すると、愁はふはっと吹き出して笑った。
「そんなわざと作らなくても、喜んでくれてるのちゃんと伝わってますから。ほら、冷めないうちに食べましょう。」
二人で一緒に手を合わせ、「いただきます。」と挨拶をしてから、トーストをかじった。いい具合に両面焼かれていて、カリカリで美味しい。
面倒くさがりの瑞樹は、食パンを焼くのも面倒で、生のまま特に何もつけずに食べることの方が多い。途中で無味に飽きたら、ジャムをスプーンですくってそのまま口に入れることもある。そんな瑞樹にとって、こんなおしゃれで豪華な食事が朝から食べれるなんて夢のような話で、もひもひとうさぎのようにサラダを食べながらぽつりと呟く。
「こんな豪華な朝食、毎朝作ってほ…。」
言い終わる寸前のところで、瑞樹は言葉を止めた。昨晩、晩御飯を二人で食べていた時のことを思い出したのだ。
『プロポーズですか…?俺、本気にしますよ?』
瑞樹の手を掴み、真面目な顔でそう言った愁の事を思い出し、ぼんっと顔を真っ赤にする。
「どうしたんですか。顔を真っ赤にして。」
「あ、いや…その…。毎朝作ってほしいって言いかけてしまって…。でも、それってその、プロポーズ…に、なるんだろ。」
肩を竦めて、コーンスープをズズッと音を立ててすすり飲む瑞樹。愁は大きな一口でがぶっとトーストにかぶりつき、何食わぬ顔でもぐもぐと咀嚼する。
「昨日のことまだ気にしてたんですか。共働きが増えた今の時代には不人気なプロポーズだって言って、俺の事論破したの瑞樹さんじゃないですか。」
「そうだけど…。」
「別に作ってほしいって思ってるんだったら素直に作ってほしいって言ってくれた方が俺は嬉しいですよ。
瑞樹さんに頼られると、俺も嬉しいんで。」
微笑む愁。トクンッと瑞樹の胸が鳴った。
「…じゃあ…また今度、朝食も作ってほしい…です…。」
「はい、喜んで。」
目を線にして、にししっと嬉しそうに愁が笑う。胸の奥がそわそわざわざわしてむず痒くて仕方ない。
変な感覚が消えてくれなくて、瑞樹は胸をごしごしと少し乱暴に擦った。少し前から心臓の調子がおかしい。ぎゅーっと締め付けられるような痛みが突然襲って来たり、ドクドクと鼓動が早くなって不整脈になることが増えた。
更年期…にしてはあまりにも早すぎるし…。
この症状が一体何なのか、瑞樹はわからないままでいた。とくに、昨晩から症状の悪化が酷い気がしていた。あの変な夢を見てからさらに…。ちらっと愁を見ると、目があった。
「ん?どうかしました?」
ちゅうっと音を立てて、手についたケチャップに吸い付く愁。その音と唇が、さっき見たばかりの夢を思い出させてしまい、瑞樹は顔を真っ赤にして激しく動揺した。
「な、なななななんでもないって言ってるだろっ!」
「いや、今初めて言われましたけど。」
異常な言動が目立つ瑞樹を心配と不審な目で見る愁。
瑞樹はふと思った。もしかして、もしかすると、あの夢は夢じゃなくて本当だったのではないだろうか、と。夢にしてはあまりにも音も感触も生々しすぎた。唇を舐められるだなんて、人生で一度もされたことないのに夢の中でその感触がするだなんて、普通に考えて可笑しな話だ。
もしかしたら…。寝込みを襲われた、なんて普通に考えたら嫌な話だ。だが、それ以上に瑞樹は、愁を相手に自分が夢の中でふしだらな行為を妄想してしまったという事実の方が受け止められなかった。
瑞樹は、愁にとってのいいお兄ちゃんでありたい。それなのに、自分からその関係性を壊すような妄想をするだなんて…。それならあれは夢じゃなくて、現実世界で愁に襲われたという事実だった方が、瑞樹の気持ち的には楽と思えるのだ。
「あの…愁さ…。」
「んー?なんですか?」
「その…昨日の夜、一緒に寝た時に…その…。俺に何か…した?」
ごくりと唾を飲み込み、愁の顔を窺う。先に食べ終わった愁は、食べ終わった食器を重ねている途中だったようで、片付ける手をぴたっと止め、無言のまま真面目な顔でじっと瑞樹を見つめていた。
何を考えているのか、何て答えを言うのかまったく表情からは読めない。数秒間の気まずい沈黙。愁はゆっくりと口を開けた。
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