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第35話「愛を確かめ合うというのはつまり、いわゆる…」

インターホンを押すと、扉の奥からドッドッと足音が近づいてきてガチャっと扉が開いた。扉の向こうから出てきたのは、げっそりと疲れた顔をした瑞樹。 「バイトお疲れ。」 「はい、ありがとうございます。俺より瑞樹さんの方がお疲れな雰囲気がすごいんですけど…。たった十一時間の間に何があったんですか。」 「いや、普通に執筆してただけだ。ゴーストライターとしての依頼と、新作の修正をちょっと、な。」 「それでそんなげっそりした顔になります…?」 「ちょっと、修正している最中にいろいろと悩んでしまって…。」 愁が当たり前のようにキッチンに立ち、冷蔵庫から食材を取り出し料理を始める。 瑞樹は料理の邪魔にならないよう、キッチンの端っこの方で台にもたれるようにして立っている。今日は夕飯はカレーだ。愁がピーラーでじゃがいもの皮を剥いていく。 「どんなシーンを修正したんですか?」 少し離れた場所にいる瑞樹をちらっと横目で見ると、顔を引きつらせて何だか言いにくそうな顔をしていた。もじもじと恥ずかしそうに身をよじる姿が可愛く見えて思わず抱きしめたくなる。 「あの…修学旅行のシーンなんだが、王様ゲームの罰ゲームでツバキがユウトに、き…キスをする…シーンを、か、書き直して…。」 「はぁ…。」 至って普通のシーン。それなのに、瑞樹は何をそんなに言いにくそうにしているのか愁にはさっぱりわからなかった。じゃがいもを一口サイズに切りながら考える。ぴたっと包丁を扱う手を止めた。 「…え。もしかして、そのキスからそういうシーンになるように変えたとか…。そういうのですか…?」 「そういう…って、どういう?」 こてんっと首を横に倒し、無垢な瞳で瑞樹は質問する。 「いや、だからその…。なんていうか、愛を確かめ合うというか肌を重ねるというか…。つ、つまり、そのっ!セッ――」 「どわぁああああ!!!!わかった!わかったから!それ以上言うな!!」 顔を真っ赤にしてぎゅーっと両耳を塞ぎ、ぎゃあぎゃあと喚く瑞樹。 耳を塞いでいる手の隙間からちらっと見えた耳は真っ赤だった。もういい歳した成人済みの男性が、“セックス”という単語一つで見せる反応とは思えず、あなたは思春期の女子ですか。と愁は心の中でツッコんだ。 「お前なぁ!んな展開になるわけないだろ!」 「だって瑞樹さんがすごい言いにくそうにしてるからもしかしたら…って思うじゃないですか!」 「俺が書いてるのは初々しい青春ラブストーリーだ!そんなシーンが出てくるわけないだろ!」 「…じゃあなんであんなに言いにくそうにしてたんですか。どんな風に修正したんですか?見せてください。」 「えっあっ…み、見せる…のか?」 きょろきょろと目を泳がせ、見て欲しそうなのに自信がないのか何なのか、パソコンを取りに行く素振りをまったく見せない。 煮え切らない瑞樹の態度に痺れを切らし、愁は少し強めの力で包丁をドンッとまな板に叩きつけると、心苦しいが、冷たい目を作って瑞樹を睨むように見た。 「瑞樹さん…。見せないとご飯抜きですよ…?」 瑞樹は、まるで蛇に睨まれた蛙のようにピシッとその場で体を強張らせて、ひぃっ!と小さな悲鳴をあげると、ばたばたと走って自室へとパソコンを取りに戻った。 隣の部屋から「ご飯抜きって脅すとかサイテー!」と文句を言う声が聞こえたが、愁は耳を塞ぎ、聞かなかったことにした。

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