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第38話「…手…繋ぎますか…?」

そして、現在。案の定十五分の遅刻をしてしまい、愁の元へと全力で走っているというわけだ。 「愁っ!はぁ、はぁ…、遅刻して本当に申し訳ない!」 全身で呼吸をしながら、頭を下げる。きっと怒っているに決まっている。そう思っていたが、頭上から降ってきた声は、予想とは正反対の明るい声だった。 「大丈夫、俺も今来たところですよ。」 「…お前、嘘つくなよ。」 「ツバキの真似です。せっかくなら同じシチュエーション作った方が感情輸入しやすいかなって思って。俺がツバキで、瑞樹さんがユウトね。」 「別にそこまでしなくても…。」 そう言った瑞樹の言葉を無視して、愁は「早く行きましょう!」と言って瑞樹の腕を掴むと、半ば引きずるようにして遊園地へと向かった。 平日の遊園地は意外と人が少なかった。どの乗り物もさほど待つことなく乗ることができそうだ。園内マップを広げ、まずはどの乗り物に乗るか悩んでいると、突然頭にぴたっと張り付くように何かが差し込まれた。 「うわっ、瑞樹さん超可愛い!」 顔を覗き込むようにして、ひょこっと横から現れたのは可愛いクマ。じゃなくて、可愛いクマ耳のカチューシャをつけた愁だった。耳がもこもこしていて触ったら気持ちよさそうだ。そして、同じようなもこもこしている素材が、自分の耳にぽふぽふとさっきから当たっている。 「お前、なに勝手につけて…はぁ!?なんだよこの可愛すぎるカチューシャ!」 頭にセットされたカチューシャをバッと勢いよく外すと、自分の手の中にあるカチューシャに驚く。瑞樹は、薄ピンク色をしたうさぎのタレ耳カチューシャを愁に勝手につけられていたのだ。 「だって小説の中でツバキとユウトもつけてたじゃないですか。俺はクマで、瑞樹さんはうさぎです。タレ耳なんでロップイヤーですね。てゆーか、勝手に外さないでくださいよ。」 瑞樹からカチューシャを強引に奪い取ると、再び瑞樹にカチューシャを無理矢理つけさせようとする。広場を走り回り、必死に逃げようとする瑞樹だが、当然体力で愁に勝てるわけもなく、あっけなく捕まえられ強制的にカチューシャを装着させられた。 朝から走ってばかりの瑞樹は既に疲れ果て、「もういい、好きにしてくれ…。」と諦めの言葉を吐いた。 愁に付き合わされている。というような言葉を言いつつも、遊園地に来るなんて子供の頃以来の瑞樹は、大いに遊園地を満喫した。ジェットコースター、コーヒーカップ、お化け屋敷、ゴーカート、空中ブランコ、バイキング…。 日が落ち始める頃には、観覧車を除いた園内全てのアトラクションを制覇していた。 「遊園地超楽しいー!あ、愁見ろ!あそこにもアイスがある!うさぎの形のアイスだってさ。食べようぜ!」 数メートル先にあるアイスの看板を見つけると、瑞樹は愁の服の袖をくいっと引っ張り連れていこうとする。 「瑞樹さん、何個アイス食べるつもりですか。これでもう三つ目ですよ。」 「別にいいだろ。それぞれ違う種類のアイスだから別物なんだよ。」 頬を膨らまし、むぅっとしかめっ面の瑞樹が可愛くて、愁はうっとりとした目で瑞樹を見つめた。 愛おしい。人目なんか気にせず、今すぐ抱きしめたい。 そんなことを思っている愁には気づかず、瑞樹は愁の袖の裾をきゅっと摘まんだまま、真っすぐアイスの屋台目掛けてずんずんと歩く。 「っと!瑞樹さん、危ない。」 スマホを見ながら前から歩いてきた人と瑞樹が接触しかけたのだ。愁が瑞樹の肩をぐいっと自分の方へ引き寄せると、自然と愁が瑞樹を抱きしめる形になる。 「パレードが始まるから人、増えて来てるみたいですね。瑞樹さん、大丈夫ですか?」 「あ…あぁ。ありがとう。俺も、ちゃんと周りを見るようにする…。」 自分の腕の中で俯き、恥ずかしそうにぽそぽそと小さな声で喋る瑞樹の姿に、愁の胸はぎゅんっと矢が刺さったかのような痛みが走る。胸の痛みに耐えていると、昨日の夜瑞樹の家で“これ以上瑞樹に近づくのは自重する”と決めたことを思い出した。 今のは瑞樹さんを助けるために触れただけ。だから、これ以上は…駄目だ。…だけど、もう少し瑞樹さんに触れていたい―― 「…手…繋ぎますか…?」 そっと瑞樹に右手を差し出す。きっと拒否される。『繋ぐわけないだろ!』『子ども扱いすんな!年上だぞ!』そう言ってまたあの可愛く拗ねた顔をする。そう思っていたのに。 「…繋ぐ…。」 頬をピンク色に染め、伏し目がちな目で差し出された愁の右手にそっと瑞樹の左手が触れようとする。 愁は驚いた。聞き間違えか、揶揄われているのかとも思った。でも、瑞樹は愁の瑞樹への気持ちを知っている。瑞樹が人の恋心を弄ぶようなことする人じゃないってわかっている。 自分の右手に触れようとする、瑞樹の手の動きが愁にはスローモーションに見えた。 やめて、そんな顔しないで。そんな顔してそんなこと言われたら、俺、期待しちゃうじゃん…。瑞樹さんは俺の事好きでも何でもないのに、そんなことわかってるのに、もしかしたらって淡い期待を抱いてしまう。これ以上近づいたら駄目だ…これ以上、近づいたら…。 瑞樹の左手が、愁の右手に触れる寸前のところで、愁はスッと手を引っ込めた。 「…って、ツバキなら言うと思って言ってみました。」 へらーっと笑って誤魔化す。自分が期待しないように。瑞樹は、ばっと愁の顔を見上げると、左右に瞳を揺らした。 「ユ、ユウトも繋ぐって言うと思ったんだよ!」 愁の手に触れようとして宙にぽつんと置き去りになっていた左手でばしっと強い力で愁の二の腕を叩くと、アイスの屋台へと一人で先に走っていった。 走る度、うさぎのタレ耳をぴょこぴょこと跳ねさせる瑞樹の後を、「待ってくださいよー。」と言いながら愁が追いかける。まるで不思議の国のアリスみたいだと愁は思った。 きっと、アリスも自分とは正反対の性格の喋る白うさぎに何故だかわからないまま興味を惹かれ、気づけば穴の奥深くまで白うさぎに引き寄せられるようについて行った。 俺もそうだ。何故かわからないけど、一目見た時から瑞樹さんに惹かれていた。そしてそれからずっと、勿論これからも、瑞樹さんがいる場所ならどこまででも追いかけ着いて行く。 傍に入れるなら、それだけでいい。白ではなく、ピンク色の可愛いうさぎを捕まえに愁は走った。

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