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第39話「俺のどこが好きなんだ?」

「…ピンク色のうさぎがピンク色のうさぎを食べてる…。」 アイスの屋台の近くに設置されてあるおしゃれなベンチに腰掛け、ストロベリー味で作られたピンクのうさぎ型アイスを堪能している瑞樹の横で、愁は拝んでいた。 「なんで拝んでんだよ…。」 「あまりにも尊すぎて…。あの、写真撮っていいですか?」 「いいわけないだろ!静かにアイスを食べさせてくれ!」 ぷりぷりと怒りながら、プラスチックのスプーンでアイスを掬ってぱくっと口の中へ入れる。本日アイス三つ目とは思えない、新鮮な「うまっ!」という反応を瑞樹は見せた。 「そういえば、さっきの手を繋ぐって話なんですけど。」 「はぁ!?そ、それはもういいだろ!」 「いや、どうなんだろうって思って。ほら、遊園地のシーンではまだユウトはツバキに好きバレしないようにしてるから、そこで手を繋ぎたいって言ったら、ほとんど好きって言ってるようなものになりそうで。ツバキは自分の事友達としか思ってないってユウトは気づいてるわけですし。」 「手を繋ぎたいって思うのは好きと繋がるのか…?」 「人それぞれですけど、手を繋ぎたいってことは触れたいってことだから、少なくとも嫌いな人とはしないですね。少なくとも、俺は好きな人としか手は繋ぎたくないですね。あんま誰にでもべたべたするの好きじゃないんで。」 「手を繋ぎたいは…触れたい…。へぇ…そういうものなのか…。」 プラスチックスプーンを口に咥え、瑞樹は意味深な表情で、自分の左手をじぃっと見つめた。 その後、アイスを食べ終え少し休憩すると、今回の一番の本題である観覧車へと向かった。 瑞樹が上手く書けずに行き詰っているシーンは、夕日に照らされた観覧車の中で、ユウトがツバキへの恋心に確信を持つシーン。時刻は十八時。ちょうど綺麗な夕日が空に浮かんでおり、小説の再現度は完璧だった。瑞樹と愁を乗せたゴンドラがゆっくりとてっぺんへと登っていく。 ロマンチックなシチュエーションに当てられ、なんだか変な空気が流れている気がした瑞樹は居心地が悪くなり、それを壊すかのような明るいテンションで喋った。 「取材の為に来たのに遊んでばっかだったな。遊園地なんて小学生の頃ぶりだから俺、テンション上がっちゃって…。愁の夏休み最後の思い出作りも兼ねてたのに、俺ばっか楽しんじゃってたよな!あはは、ごめん。」 「そんなことないですよ。俺も超楽しかったです。瑞樹さんと遊園地来れて超幸せでした。」 優しく微笑む愁の顔が夕日に照らされ眩しくて、瑞樹はきゅっと目細めた。 愁はいつだって、嬉しいことを言ってくれる。でも、それも、今回書いている作品がもしヒットしなかったら…。 膝の上に置いた両手が小さく震える。震えているのを知られたくなくて、ぎゅっと両手に力を入れて強く拳を握ったが、もっと震えただけだった。 「…俺なんかと一緒にいるより、大学の友達と一緒にいた方が…。」 「瑞樹さん。」 震える拳がそっと優しく、愁の両手によって包み込まれる。瑞樹の名前を呼ぶ愁の声は、今日食べたアイスよりも甘ったるく、ゆったりと優しい声色で瑞樹の耳を溶かしていく。 「俺、ユウトといる時が一番楽しい。これからもずっと隣にいてくれ。」 気づけばゴンドラはてっぺんに来ていた。夕日に照らされた愁の顔は、美しかった。 きらきらと光る茶色い髪が光のあたり方によって金色に見える。愁の優しい眼差しと声は、いつだって瑞樹を暗いどん底から救いあげてくれる。 でも、今日だけは違った。愁は“ユウト”と言った。瑞樹はすぐに、愁はツバキになりきっているのだとわかった。昨晩読んでもらった原稿のツバキのセリフ、そのままの言葉だったのだ。 その言葉を、ツバキとしてじゃなくて愁として、俺に向かって言ってくれたら。“ユウト”じゃない“瑞樹さん”って呼んでくれ。だって、俺とお前は、ユウトとツバキじゃない。瑞樹と愁なんだから…。 切なさにギリッと胸が痛むのに、自分に向けられた言葉じゃないとわかっていても、高鳴る鼓動。顔が暑い。今、自分がどんな顔をしているのか瑞樹にはわからなかったが、愁は瑞樹の顔を見ると、一瞬、はっとした表情をしてからすぐにその場を和ますかのように明るく笑った。 「あ、ユウトじゃなくて瑞樹さんって言った方が良かったですか?なんちゃってー。あ!デコピンはやめてくださいね!痛いんで!」 両手で自分のおでこを必死に隠してガードする愁。おどけて見せれば、きっといつものように瑞樹も悪ノリに乗っかってくると思ったのだ。だが、瑞樹はそんな気分にはなれなかった。 窓の外を見ると、あと少しで地上に着きそうだった。数メートル下で、パークの従業員のお姉さんが手を振っているのが見えた。 「…なぁ、俺のどこが好きなんだ?」 聞くつもりなんてなかった。ただ、うっかり、ぽろっと口から零れた。聞いたところでなんて答えが返ってくるかわかっている。わかりきったことを質問したって何の意味もない。 でも、もしかしたら、心のどこかで、愁の瞳に桜庭みずきじゃなく、青山瑞樹としてちゃんと映っているかもしれない。と期待していたのかもしれない。 「んー…素敵な小説を書けれるところ、ですかね。」 不安の種は一瞬で繁殖し、汚く濁った大きな花を咲かせた。 「…そっか。」 ガタンッとゴンドラが揺れる。地上へ着いた合図だ。扉が開くと、瑞樹は愁より先にゴンドラを降りた。夜のパレードが始まるらしい。広場の方で人だかりができており、わいわいと賑わっていた。

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