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第40話「お願いです、付き合ってください!!」

「愁、帰ろっか。」 瑞樹がそういうと、愁は「えっ!もうですか?」と驚き、不満げな声を出した。 園内を出ると、真っすぐ駅へと向かおうとする瑞樹。その数歩後ろを歩く愁の方に振り替える素振りはまったくない。 交通系ICカードを取り出し、改札口の読み取り部をタッチする寸前で、愁は瑞樹の腕を掴んでそれを阻止した。 「あのっ!もう一か所、行きたいところがあるんです!お願いです、付き合ってください!!」 人目の多い駅の改札口。当然ながら二人の存在はかなり目立ち、周囲からの視線が痛い。 瑞樹は今すぐにでも帰って、小説の続きを書きたかった。三割愁の為、七割自分の為に。だが、愁の必死のお願いに圧倒され、瑞樹は首を縦に振った。 そんな必死にお願いをしてまで、どこに連れていきたいというのだろうか。 電車に乗り、瑞樹の最寄り駅を過ぎ、愁の最寄り駅を何駅か過ぎて二人は降りた。 知らない街。時間帯的においしいご飯屋にでも行くのだろうかと思いながら、愁の跡を瑞樹は黙ってついていく。飲食店が軒並ぶ駅前通りを抜け、いつの間にか二人は真っ暗闇の中、険しい山道を登っていた。 一応、人が登れるように道は整備されてあり、ちゃんと柵もあるので歩きやすい。だが、まさか山に登るとは思ってなかった瑞樹の口からは次々と文句が零れた。その度、愁は「あと少しなんで。」と宥めるだけで、どこへ向かっているかは教えてくれなかった。 行きたい場所へ付き合うと言ってしまった以上、ここで投げ出して愁を置いて帰るなんて当たり前にできるわけもなく、瑞樹には愁についていくという選択肢しか与えられていなかった。 だが、目の前に続く坂道の先を見てもただ暗闇が続いているだけ。ゴールがどこにあるのかわからない瑞樹にとっては、愁の向かっている場所があまりにも遠く感じる。 ひきこもりで運動不足の上、今日は朝から動き回ったこともあり、瑞樹の体力は限界を迎えかけていた。 「なぁ、愁ってば。まじで、いつその場所に着くんだよ。」 「もう着きましたよ。」 少し開けた場所に着いたようだった。くるっと振り返ってそう言う愁の背景に、きらきらと輝く無数の光が見え、瑞樹は目をぱちぱちと瞬きさせて息を呑んだ。 青とオレンジの光が海のように大きく広がりキラキラと輝いている。きっとあれは高速道路だ。いくつもの黄色い光が、右へ左へと動いている。プロジェクションマッピングでも投影しているのか、大きなビルの色が毎秒カラフルに変わる。 「綺麗だ…。」 夜景の美しさに目を奪われたまま、瑞樹は呟いた。 「ですよね。ここ、俺の思い出の場所なんです。」 「思い出の場所…?」 隣に立つ愁の顔を見上げる。愁の瞳に反射した夜景が、愁の瞳を輝かせていた。 「そう。俺、中学の時に男が好きだってバレていじめられるようになって、高校は逃げるように地元から離れて、この街で一人暮らししてたんです。」 初めて聞いた話だった。てっきり、大学生になってから地元を離れ、一人暮らしを始めたのだとばかり瑞樹は勝手に思っていた。 相槌を打つのも忘れ、愁の横顔をまじまじと真剣な顔で見つめ、続きの言葉を待つ。 「せっかく俺のこと誰も知らない高校に入学したのに、また中学の時みたいに男が好きってバレていじめられたらって思うと、俺、怖くて…ずっと一人でいました。都会は田舎と違って、どこに行っても人がたくさんいて、別に俺のことなんて誰も見てないってわかってても人の目が怖かったんです。人気の少ない場所を探して、山に登った時、偶然この場所を見つけたんです。それからは、バイトがない日は毎日のようにここに来て、ぼーっと街を見てました。」 遠い目で語る愁からは、哀愁が漂っていた。苦しかっただろう、寂しかっただろう。その気持ちを百パーセント理解してやることは、瑞樹にはできない。 でも、少しでもその辛い過去に寄り添い、痛みを分け合えたら…。愁の背中を、瑞樹が優しく摩る。 「辛かったな…。」 高校生の愁は、この綺麗な夜景をどんな思いで見ていたんだろうか、あの街の中で、毎日どんな気持ちで過ごしていたんだろうか。考えただけで、まるで自分のことのように涙が込みあがる。 「でも、悲しいだけの場所じゃないんですよ。」 愁は瑞樹の方へと向き直し、ふっと目を細め、微笑んだ。 「桜庭みずき先生に会えたから。」 暗闇だというのに、愁の笑顔はきらきら輝いて見えた。

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