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第43話「《今何してる?》さえも聞けないのはいつからなのか」
それから一か月。相変わらず筆は進まないままだった。
書いては消してを繰り返す日々。また自信がボロボロと欠けていくのが自分でもわかった。
ただ今回筆が進まない理由は、今までと違う理由だった。いい表現がでてこずに書けないのではなく、ずっと胸の奥に住みついているモヤモヤした謎の物体が邪魔をして集中することができず書けないでいるのだ。
モヤモヤした変な物体が鬱陶しくてイライラしたかと思えば、時に切なく不安に襲われるこの感覚が苦しくて怖い。初めての感覚に、自分は変になったのだ。
もしかしたら内臓のどこかが悪いのかもしれない。と思い、一度病院へも行った。だが、特に異常なし。至って健康。との診察結果がくだされた。異常が確認できず、最後に医者が言った言葉は「ストレス性のものかもしれませんね。」だった。
「確かに。愁の言う通り根詰めて書きすぎてるかもなぁ…。」
ベッドに転び、真っ白い天井を見ながらぽつりと呟いた。
小説もクライマックス目前の為、他の仕事はストップさせ、出版社にも顔を出すことがなくなり、毎日一歩も外に出ず家に籠ってひたすら原稿と向き合っている。
窓の外を見れば、雲一つない青空が広がっていた。綺麗な秋晴れだ。
「たまには外に出てみるかな。」
今日は木曜日。今頃愁はバイトをしている頃だ。久しぶりにファミレスに顔を出してみよう。きっと愁は驚くだろう。
軽く髪を整え、上着を羽織ると何日ぶりに玄関の扉を開けた。ファミレスへ行くと、客はいつも通り数組いた。
五十代くらいの女性に出迎えられれば、いつもの席に着く。フロアに愁の姿はなかった。ドリンクバーを取りに行く時さりげなく、厨房を不自然じゃない程度に覗いてみたが、そこにも愁の姿はなかった。
「あの、すみません。荒田愁さんって…今日いますか?」
いつものハンバーグオムライスを運んできてくれた五十代の女性に聞いた。すると、女性は眉を八の字にさせ、困った顔で言った。
「あら、荒田くんのお友達?荒田くん今日いないのよ。最近忙しいのか、夏休み終わった頃あたりからあんまりシフト入ってくれないから穴埋め大変なのよ。」
はぁっと悩ましいため息をつきながら、女性が厨房に帰っていく。
瑞樹はがっかりした。愁がいると思って来たのにまさかいないだなんて。だとしたら、今どこで何しているんだろうか。
夏休みが終わってすぐはテストがあるから。と言って、バイトのシフトも減らし、瑞樹の家に来る回数も減らすというのは、本人から事前に聞いていた。
だが、もう十月下旬。どう考えてもテスト期間は終わっている。
バイトのシフトも未だ減らしたままで、瑞樹の家に来る回数もテスト期間と変わらず減ったままだ。友達と毎日遊びまくっているのだろうか。俺と会うのに飽きてしまったのだろうか。それとも、彼女ができたのだろうか。
ハンバーグオムライスを食べながら悶々と考える。頭の中で立てた仮説は、どれも当てはまりそうで答えに辿り着けないでいる。
ハンバーグオムライスを食べ終えると、スマホを取り出し、愁とのメッセージ画面を開く《今何してる?》打ってからすぐに文字を消した。
こんなこと聞いてどうするんだ。詮索されたくない場合だってあるはず。
《今日暇?》《元気?》《次いつ家来る?》打っては消して、打っては消して…。
知りたいことほど聞きずらい。前はこんなことなかったのに、いつからそうなったのか思い出せない。愁とのメッセージ画面を開いたまま、窓の外を見た。
一年前、愁が瑞樹に惚れたあの物思いにふけた顔で。ただ、その悩ましい表情に、切なさが垣間見えるのが一年前からの変化だった。
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