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第44話「手を繋ぐ相手は好きな人だけ」

愁がいないファミレスに長居する理由はなく、食事を済ませて少し休憩をしてから瑞樹はファミレスを出た。 せっかく久しぶりに外に出たのだ。もう少し気分転換をしようと思い、街をぶらりと歩いてみる。元々インドア派の瑞樹が外へ出るのは出版社へ行く時くらい。目的地以外の場所にふらっと立ち寄ることはしない性格の為、こうしてゆっくり目的もなく街の景色を眺めながら歩くのは久しぶりだ。 数日後にハロウィンが迫っている。街はどこを見てもオレンジと紫と黒のハロウィンカラーで染まっていた。 「っ!」 カラフルな街を堪能していると、数メートル先に見覚えのある顔が見えた。 愁だ。ファミレスで愁に会えず、落ちていた心がどくんっと突然大きく跳ねあがり、もの凄い勢いで血液が全身を駆け巡る。 「しゅ…!」 呼びかけた名前を途中で止めた。正確に言うと、止めたんじゃなくて驚いて声が出なくなったのだ。 瑞樹の目に飛び込んできた光景。それは、愁が愁と同い年くらいの小柄な女の子と手を繋いでいたのだ。お互いの顔を見つめ合い、楽しそうに笑いながら。 気づいたら走っていた。視界が滲んで前が良く見えない。心臓は張り裂けるように痛いし、頭もガンガンと誰かにずっと殴られているような痛みが治まらない。腸が煮えくり返る感覚が強烈すぎて、さっき食べたハンバーグオムライス以外にも、何か変な物が口から出そうなくらい気持ち悪くて吐き気が止まらない。 自宅に着くと、乱暴に玄関の扉を閉めてトイレへと駆け込む。 何かが体の奥底から込みあがってくる感覚はするのに、口から吐き出されるものは、嘔吐物でも内臓でも、得体のしれない黒く汚いモヤモヤした物体でもなく、愁への怒りの言葉だけだった。 「なんでだよっ…くそっ!嘘つき!愁の馬鹿!ふざけんなっ!嘘つきぃっ…。」 大粒の涙が床を濡らしていく。 泣きながらトイレから出れば、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出してごくごくと一気飲みをする。 ぐしゃっと空になった缶を潰せば、床に放り捨ててまた新しい缶ビールを開ける。 忘れたかった、見てないことにしたかった。この切なさも苦しさも苛立ちも全部一緒に、酒の力で忘れてしまいたかった。 いっそのこと、愁の存在自体、自分の中から消えてしまえばいいとまで思った。 何本目かわからない缶ビールを片手に、原稿用紙と向かい合う。もうどうでもよかった。書き終えようが、書き終えれまいが、自分の小説家としての人生がここで終わっても別にいいと思った。 今書いている新作で、また酷評を叩きつけられたならば、すんなり小説家人生の幕を下ろせるだろう。 そう思うと、今まで筆が進まなかったのが嘘のようにすらすらと言葉が浮かんできた。小説の中のツバキとユウトは幸せそうで心底瑞樹は腹が立った。

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