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第46話「それが、『恋』です。」
愁は驚いて言葉を失い、胸倉を掴まれたままその場に立ち尽くして固まっていた。
「俺のこと何も知らねぇで、担当者ぶんなよ!いいよなぁ、読むだけの消費者は。あれこれ口だけは出してきて、飽きたらぽいだよ。お前も、結局そこらへんの読者と同じじゃん。あれだけいろいろ俺の作品に口出して、担当者気取ってた癖に、彼女できてそっちの方が楽しくなったらそうやってすぐ捨てる!」
「彼女?なんのことですか?とりあえず落ち着いてください。」
「しらばっくれんなよ!最近全然家に来ないと思ったら、彼女と毎日デートしてんだろ。昨日、お前が女の子と手繋いでんの見たんだよ。」
瑞樹の言葉を聞いて、愁が気まずそうに目線を反らした。「あれ、見てたんだ…。」と嫌そうな声で愁が呟いた。
あぁ、ほら。やっぱり俺が思っていた通りだ。瑞樹の心がびりびりと電流が流れたように痺れて痛む。愁の胸倉を掴む手の力をさらにぐっと強める。
「嬉しそうに二人して手繋いで…。よかったな、恋愛対象が女の子になって、普通に戻って。」
これでもかと言うほどたっぷり嫌味を込めて言い放つ。
いっそのこと嫌いになってほしいと思っていた。嫌いになって自分の目の前から消えてくれれば、きっとこの辛い痛みも一緒に消えてなくなる。自分からさよならはできそうにないから、だから愁の方から…。
こんな喧嘩が愁との最後だと思うと、涙が出そうになる。だけど、それがきっとお互いの為なのだ。愁が少しだけ口を開いた。
「…それって、今まで俺が普通じゃなかったってことですか?瑞希さん、恋愛に性別は関係ないって、人を好きになる素敵な心を持ってるだけって、言ってくれたじゃないですか。…あれ、嘘だったんですか…?」
愁の唇は小さく震えていた。必死にしがみつくような手つきで、愁は瑞樹の肩を掴む。だが、その手を瑞樹は乱暴に振り払った。
「知らねぇよ!!もう…全部全部全部!知らねぇんだよ!お前が悪いんだ!お前が…愁が変だからっ、だから、俺まで変になって…。」
頭を抱え、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。一人じゃ抱えきれない苦しい思いが涙となってぼろぼろと溢れ出る。
「愁といると、苦しいんだよ。胸が締め付けられて、でも会いたいと思って、愁が他の奴といるの見たら、もう、死ぬほど苦しくて、息できなくて、頭ン中も心ン中もぐっちゃぐちゃでわけわかんなくて…。何なんだよこれ、こんなの…今まで一度もなかったのに…。全部愁のせいだ…愁が悪いんだよっ!早くヒット作出さないと、俺の前から愁もいなくなるんだろ…。俺、愁がいなきゃ…。もうこんなんじゃ、俺、小説書けねぇよ…。」
体をきゅっと小さく縮こまらせて、小さな嗚咽を漏らしながら泣く瑞樹の姿はひどく痛ましかった。
必死に一人で得体の知れない恐怖と戦い、苦しみ怯えて小さく震えている瑞樹の背中に、愁はそっと腕を回した。優しく、そして“大丈夫、一人じゃない”と、頼もしさを感じれるように力強く抱きしめた。
「瑞樹さん…。それが、恋です。」
「こ…い?」
愁の腕の中で、瑞樹はきょとんとした顔で言った。
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