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第48話「これが恋だというのなら…」

「瑞樹さんがあのファミレスで、いつも窓の外を見つめながら暗い表情しているのを見た時からずっと、俺は瑞樹さんの事が好きなんです。ずっと、瑞樹さんの奥深くにある悩みを知りたい、声を聞きたい、頬に触れたいって、そう思ってました。瑞樹さんが俺の事知るずっとずっと前から、俺、あなたのこと好きなんですよ。」 知らなかった。愁がこんなにも自分のことを好きでいてくれたなんて。喜びの涙が頬を伝う。流れる度、何度も愁が指で涙を拭ってくれる。優しく触れる感覚がくすぐったい。 「俺は、瑞樹さんの事が好きです。もっと知りたいし、もっと触れたいし、ずっと傍にいたいって思う。瑞樹さんは俺のこと、どう思ってますか?瑞樹さんの声で、ちゃんと聞きたい。」 ――俺は恋がわからない。恋は楽しいだけだと思っていたのに。こんなにも面倒で痛くて辛くて切ないこの感情が本当に恋なのか、まだ信じられない。それでも、こんなにも愛おしくて手放したくないと思ったのは愁、お前が初めてだ。これが本当に、愁の言う通り恋だというのなら…。 「俺も…もっと愁のこと知りたいし、触れたいし、ずっと、ずっとずっとこの先もずっと傍にいてほしいっ!」 どちらからともなく、唇を重ね合わせる。 瑞樹の胸の奥底に住みついた黒くモヤモヤとした物体がキスの魔法でじゅわっと溶けていく。 口から注がれたその魔法は全身に巡り、心も思考も体全体を幸福感で包み、長年瑞樹にかかっていた“恋ができない呪い”を解かしていく。唇を離すと、こつんっとおでこをくっつける。お互いの鼻先が時々当たってくすぐったい。 「愁…。手繋ぎたい。」 「手?なんで?」 「好きな人としか手を繋がないんだろ。」 「そうですよ。」 床に落ちているかのように脱力した瑞樹の右手を拾い上げると、ねっとりと熱のこもった動きで指を絡ませて恋人繋ぎをする。隙間なくぎっちり絡めた手を幸せそうな顔でうっとり見つめた瑞樹だったが、はっと何かを思い出したかと思うと、愁の顔をキッと睨みつけた。 「じゃあなんで昨日、女の子と手繋いでたんだよ。」 愁はギクッとした。絡めた手は繋いだままで、瑞樹から少し離れる。 「その…あれは、バイトみたいなもので…。」 「バイト?まさか、レンタル彼氏的な!?」 「違いますよ!俺、大学の文芸サークル入ってて、あの子は同じサークルの子で小説家目指してる子なんです。それで、疑似体験してイメージ膨らませたいからって言われて手伝ってたんです。一日付き合って五千円って言われたんで、つい金に目がくらんで…。」 罰が悪そうな顔で愁が言う。例え疑似で、お互いそこに恋愛感情がなかったとしても、好きな人に他の子と手を繋いでいるところなんて見られたくない。 だが、これで誤解は解けたはず。きっと安心してくれただろう。と思い、愁はちらりと瑞樹の顔を見た。 が、何故か瑞樹は顔を青くさせて虚ろな瞳で俯いていた。薄い唇を小さく動かして何かを言おうとしている。 「ま、まさか…き、キスまで疑似体験したんじゃ…なんならその先も!?」 この人はどこまでネガティブで心配性なんだ。もっと俺の事を信じてほしい。はぁっと、溜息をつき、がっくりと愁は項垂れる。でも、瑞樹のそういう面倒くさいところにも愁は惚れているのだから、どうしようない。 「してないです!!相手の子もちゃんと本気で創作活動してる子で、そういう目的は一切ないですよ。軽めのボディタッチくらいまでしかしてません。」 強めの口調でそう言い切ると、やっと瑞樹は安心したようでほっと安堵の溜息をつき、「よかった…。」と呟いた。 「…でも、じゃあなんで最近、家に来ることが減ったんだ?バイトのシフトも減らしるって聞いたぞ。だから、俺はてっきりデートかと…。」 「あー、それは…その…。サプライズしようと思ってたんです。来月、瑞樹さん誕生日じゃないですか。だから、ちょっと遠出して羽を伸ばしてもらえたらと思って、一泊二日の京都旅行を計画してたんです。それで、その旅費を稼ぎたくて時給良い短期バイトいっぱいいれてたんです。」 瑞樹は驚きと喜びで目を見開き、口を鯉のようにぱくぱくとさせた。 自分のことを思ってくれていたこと、自分の為に頑張ってくれていたこと、愁の全てが自分を中心に回っているみたいな気がして嬉しい。感謝の気持ちで胸がいっぱいで言いたい言葉がたくさんある。 だが、気が動転した瑞樹は、数ある言いたい言葉の中から多分、今最優先して聞くべきことじゃない言葉を選んだ。 「なんで俺の誕生日知ってんの!?」 「あなた有名なイケメン小説家でしょーが。ネットで調べたらそんなのすぐですよ。」 「あ、そうか。」 愁のキレのよい鋭いツッコミで納得した。本当に伝えたい言葉はまだまだたくさんあるのに、声に変えて伝えることが上手くできず、瑞樹はもどかしさを覚える。 「小説も終盤にさしかかってるみたいだし、この調子で行けばちょうど脱稿祝いも兼ねれるなーって思ってたんですけど…。旅行はもう少し伸びそうですね。」 昨晩、怒りに任せて書き上げた、バッドエンドのどろどろした内容の原稿にちらりと目線をやる愁。 「か、書き上げる!一か月…いや、二週間で!」 しがみつくように愁の腕を掴むと、愁は焦って興奮している状態の瑞樹を宥めるように髪を撫で、「無理しないで大丈夫ですよ。」と言った。だが、瑞樹は無理をして言っているわけではなかった。本当に、心の底から書きたい、書けれる。と思ったから言ったのだ。 「いや、書きたいんだ。今なら書ける気がする。完成したら一番最初に愁に読んでほしい。」 「いいんですか?」 「一番最初に読みたいって言ったのお前だろ。つーか、俺が読んでほしいんだ。」 わしゃわしゃっと愁の頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細める。 「はい、楽しみにしてます。じゃあ俺はお邪魔だと思うんで、床に散らかってるゴミを片付けたら帰りますね。」 近くに転がってあった潰れた空き缶を手に取ると、立ち上がって部屋を出ようとする愁。瑞樹は思わず、愁の腕を掴んだ。 伝えたい。恥ずかしいけど、ちゃんと自分の想いを愁に。恥ずかしくて目を合わせることはできなかったが、最大の勇気を振り絞って瑞樹は思いを声に変える。 「ひ、暇ならいろよ…。相手はしてやれないけど、その…息抜きの時に、愁がいたらもっと頑張れる…気がする。」 「…わかりました。じゃあ隣の部屋にいますね。何か用事があったら声かけてください。お茶でも何でも入れるんで。」 にっこりと微笑むと、ささっと床に散らばった空き缶を片付け、部屋から出ていった。

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