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第49話「も、もう一回…き、キス…してほしい…」

愁が部屋の扉をばたんっと閉めたのを確認してから、パソコンの前に座る。 昨日書いた酷い文章を範囲選択してデリートキーで一気に消す。昨夜までのモヤモヤも一緒に消えた。 …と思ったはずなのに。なんだかまた、頭の中に雲がかかり、もやもやとしている。 まだ “恋”という変な感覚に慣れていないのかもしれない。胸辺りがむずむずそわそわしてなんだか少し寂しい気がする。そのせいでやる気はあるのに集中できない。 ひょこっと隣の部屋を覗いてみる。愁はソファーに座ってスマホを弄っていた。瑞樹の視線に気づくと、愁はスマホを机の上に置きにっこりと微笑む。 「どうしました?お茶ですか?それとも何か軽い食事でもとりますか?」 そう言う愁の元へ、おずおずと近づき愁の袖の裾をきゅっと摘まんだ。瞬きすることを忘れた瞳がじっと愁の顔を真っすぐ見つめる。 「も、もういっかい、してほしい…。」 「えっ?」 「き、キスだよ!も、もう一回してくれたら…仕事、頑張れる気がする、から。」 今の俺はだいぶ気持ち悪いんじゃないだろうか。愁はドン引きするかもしれない。不安で、瑞樹の声は尻蕾になる。怖くなって「やっぱ忘れてくれ!」と前言撤回の言葉を吐こうとしたが、愁の言葉によって、それは遮られた。 「ん、おいで。」 ソファーに座って、両手を開いている愁。吸い込まれるように瑞樹はその腕の中へと入った。 「瑞樹さん可愛い。大好き。」 甘い声で囁くと、長い口づけを一度だけ交わす。 ――好き、好き、好き。 唇を重ねている間、瑞樹は何度も頭の中で愁への思いを繰り返した。次はちゃんと、声にして自分が先に伝 えれるように。

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