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第50話「会いたくて会いたくて、居ても経ってもいられない」
それから二週間後。瑞樹は走っていた。
深夜一時、終電も終わり街の灯りもほとんど消えた暗い夜道を、ノートパソコンを大切そうに抱えて。
瑞樹は宣言通り、二週間で小説を書き上げたのだ。完成した時間は深夜0時過ぎ。既に終電は終わっていた。でも、今すぐにでも愁に読んで欲しかった。明日まで待てず、居ても経ってもいられなくなった瑞樹はそこらへんに脱ぎ散らかしてあった適当な上着を羽織って、ノートパソコンだけを持って家を飛び出していた。
十一月中旬。季節はすっかり冬になっていた。
あまり外に出ることなく、エアコンで常に居心地の良い温度が保たれている部屋の中で暮らしている瑞樹は、深夜の外がこんなにも寒いものだと知らず、薄手の上着を着てきたことを後悔していた。
でも、引き返すのは面倒くさい。運動不足のせいで走り始めてすぐに息は上がったがそれでも、寒空の下、無我夢中で愁の家へと走った。
愁のアパートに辿り着く。ここへ来るのは出会って初めの頃、瑞樹が愁の家へ送った時以来だった。階段下から、上を見上げる。
『ぜひ、読ませてください。俺も、瑞樹さんの書く小説、読みたいです。』
あの日の愁の笑顔と声が、脳内で再生される。
――もしかしたら俺は、あの日、ここで愁の笑顔を見た時から、愁に惹かれていたのかもしれない。
トクンッと胸が高鳴る。この高鳴りの理由を、瑞樹はもう知っている。
愁にこれから会えるから。愁の声が聞けるから。愁に触ることができるから。愁のことが、好きだから。二階へと繋がる階段の一段ずつ上っていく。愁の部屋番号は二0三号室。“荒田”という表札が掲げられてある扉の前に立ち、一度深い深呼吸をして走ったせいで乱れた呼吸を整える。
ピンポーン
インターホンを鳴らす。部屋の灯りがついていたのは既に確認済み。電気をつけたまま寝落ちしていない限り、きっと出てくれるはず。
だが、扉の向こう側からはまったく何の音も聞こえない。もしかして居留守を使うつもりなのだろうか。それとも、寝落ちしているだけなのだろうか。もう一度、もう一度だけインターホンを鳴らしてみてもいいだろうか。
ゆっくりと、瑞樹の人差し指がインターホンのベルボタンへと伸びる。あと数センチでボタンを押すという時だった。
ドアが外れるんじゃないかと思うくらいのすごい勢いで、バンッと扉が開いて何故かフライパンを持った愁が現れた。
「瑞樹さんっ!?」
ドアの凄まじい勢いと近所から苦情が来そうなほどの大きな愁の声に瑞樹は驚き、危うくパソコンを落としかけた。
「しゅ、愁っ!あのなっ!」
「こんな時間に何してるんですか!?どうやって来たんですか!?こんな寒いのにそんな薄着で風邪でも引いたらどうするんですか!うわっ、手ぇ冷たっ!絶対タクシー使ってないですよね!?いいから、早く部屋の中に入ってください!」
瑞樹は愁に手を引っ張られながら家へと入り、気づけば押し込まれるようにこたつの中に入れさせられていた。
冷え切って感覚を失いかけていた体が少しずつ温まっていく。瑞樹は困惑していた。連絡せず突然会いに行き、さらに小説が完成したと伝えるWサプライズをすれば、絶対愁は喜んでくれると思っていた。
だが、実際は今のところ一度も愁の笑顔は見れていない。
迷惑だったんだろうか…。瑞樹の心に、不安の種の芽を顔を出す。
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