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第5話「夢…じゃねぇ!!」

「これが魔法少女のステッキピプ。」 そういってピプに渡されたのは、ピンク色のステッキだった。先にピンクゴールドに光る大きなハートがついていて、いかにも女児が喜びそうなデザインだ。だが、今からこの可愛すぎるステッキを使うのは28歳になりたてホヤホヤの社畜リーマンの俺なわけで…。 「こ、これはさすがに…。可愛すぎやしないか…?」   手に取ったステッキをまじまじと見つめながら顔を引きつらせる。頭の中でこのステッキを振り回しながら敵と戦う自分の姿を想像したら、あまりにも痛々しく、恥ずかしく思い、思わず手で顔を覆った。 「他にもっとシンプルなデザインとかないのか?男用とか…。」 「そんなのあるわけないピプ!だって、魔法しょ・う・じょ!ピプよ?わざわざ男用を作る必要性がないピプ。そのステッキを振りたくないのなら今すぐ契約解除で死ぬしかないピプね。」 はっ、と鼻で笑うと、俺を哀れみ、まるで自分の方が優位な立ち位置にいるんだぞ、と言っているような目で見てくる。 本当、ピプの言動はいちいち偉そうで腹が立つ。だがしかし、俺の命をピプが握ってるのは事実。どんな偉そうで腹が立つ態度を取られたとしても、生きることを選んだ俺はピプには逆らえないのだ。 「くそ、まじでいちいち腹立つな…。てゆーか、魔法しょ・う・じょ、なのになんで俺が選ばれてんだよ。おかしいだろ、俺男だぞ!?」 ステッキでビシッとピプのことを指す。ピプは目を泳がせ、バツが悪そうにごにょごにょと何か言った。 「そ、そりゃあピプだって女の子に魔法少女になって欲しかったピプけど…。なんていうか、その、こっちにもいろいろと事情があってピプね…。」 煮え切らない態度のピプ。面倒くさくなった俺は「あっそーかい。」と適当な返事をして、この話を打ち切った。 「つーか、俺生き返ったんだよな?いつになったら元の世界に戻れるんだ?明日も仕事だから早く寝たいんだけど。」 「んー、魔法少女としてのチュートリアルはまだ終わってないけど…。まぁ実戦でいろいろと覚えていった方が早そうピプね。それじゃ、帰っていいピプよ。目を瞑ってピプが3まで数を数えたら目を開けるピプ。そしたら現世に戻ってるピプ。それじゃ行くピプよ?」 俺は慌てて目をぎゅっと固く閉じた。 「アン、ドゥ、トロワ、ピプー!」 閉じた瞼の向こう側が異常なくらい明るく、真白く光っている。3秒後、光は落ち着いた。ゆっくり目を開くと、見慣れた真っ白い天井が映った。 「俺の…家…?」  ぱちぱちと数回瞬きをして、ベッドから体を起こして当たりを見渡す。間違いない、俺の家だ。机の上に散乱した会議資料も、捨てるタイミングがなくて溢れかえったゴミ箱も、脱ぎっぱなしの一昨日のシャツも、今朝、俺が家を出た時とまったく同じ状況だ。 心臓に手を当ててみる。うん、ちゃん動いてる。頭からも血は流れていない、足も変な方向に曲がっていない。慢性的な肩こりと疲労感はすごいけど、交通事故にあったような痛みはどこにも感じられない。 「なんだ…やっぱ夢だったのか…。」 時刻は深夜3時。どうやら俺はコンビニでケーキを買ったあと、家に帰って直ぐに力尽きてしまい何も食べずにスーツのまま眠りについたらしい。机の上に中身が入ったままのコンビニの袋がどんっと置かれたままになっている。 ふぅ、と安堵の溜息をついて、天井へと両手を伸ばして背伸びをする。ふわぁーっと大きな欠伸を1つ。膝の上にだらんっと置いた手をぼんやりとした目で見る。 「ゆ、夢じゃねぇじゃねぇかーーーー!!??」 俺は、自分の右手にがっつり握られてあるハートのステッキを見て絶叫した。こ、こんなお約束展開ありなのか!?いや、実際今こうして起こってるんだからありとかなしとかの話じゃないんだけどさ! 「う、嘘だろ…。」 ステッキを軽く左右に振ってみる。光もしなければ、うんともすんとも言わない。おもちゃ…なのか?俺の記憶がなくなっただけで、帰り道うっかり拾ったとか?どんなうっかりだよって話ではあるんだけど…。恐る恐る、小さな声でピプの名前を呼んでみる。だが、あの傲慢な態度のうざい生き物は現れなかった。 「やっぱ夢なのか。」 ベッドの上にステッキを置こうとした時だった。 ピロリロリーン ピロリロリーン 白い光を放ちながらけたたましい音がステッキから爆音で鳴り始めた。 「っうぉ!?な、なななんだなんだぁ!?つか、ちょ、うるせぇって!!」    近所迷惑になると慌てた俺は、ステッキを急いで布団で包み、少しでも音を抑えようとぎゅっと布団を抱きしめてベッドの上で縮こまる。 「なんなんだよこれぇ~…。何がどうなってやがんだ、どうやったら止まるんだよこの音…。」 一行に鳴り止まないステッキに苛立ちながらぼやくと、布団の中で何かがもぞもぞと動く感覚がした。 「ぐえっ…く、苦しいピプ…。」 布団の中から潰れた蛙のような声が聞こえたと思うと、微かな隙間から無理矢理ピプが顔を出した。や…やっぱりあれは夢じゃなかったのか…。 「おい、大我!何やってるピプか!早く変身するピプ!」 眉間に皺を寄せてプンプンと怒っているピプ。いや、そんな突然変身しろだなんて言われても…。俺は顔を引きつらせ困った表情で「はぁ…。」と歯切れの悪い返事をした。

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