6 / 56
第6話「誕生!魔法少女キュティプシー!」
「ステッキが白く光ってこの音が鳴ったら街にモンスターが現れた合図ピプ。ほら、早く変身するピプ!」
布団の中からステッキを取り出すと、ぐいっと俺の顔の前に差し出す。何がなんだかわかんねぇけど、とりあえずこのうるさい音を止めるためには、その変身とやらをしなければならないようだ。
俺はピプからステッキを受け取ると、幼い頃夢中になって見ていたヒーローを真似して、ステッキを天高く掲げ、「変身!」と勇ましい声で言った。まあ、俺が昔見ていたのはこんな可愛いステッキで変身するんじゃなくて、かっこいい銃の形をしたアイテムで変身してたけど…。
「…って、全然変身しねぇじゃねぇかよ!なんだ?このステッキ不良品か!?」
今も尚うるさい音で鳴り続けているステッキを、バンバンと叩くと、俺はピプに頭を強い力でバシッと叩かれた。
「ステッキを雑に扱うなピプ!そんな合言葉で変身できるわけないピプ。正式な合言葉があるピプ!」
「はぁ?合言葉ぁ?んなの聞いてねぇよ!」
「言ってないピプもん。チュートリアルを聞かずに早く帰って寝たいって言ったのは大我ピプ。大我が悪いピプ。ピプは悪くないピプ。」
言った。確かに言った。でも、変身に必要な合言葉は契約書を交わしたその時に教えてくれよ。そんな大切なこと…。
「変身する時の合言葉は『ラブリーキューティーメタモルフォーゼ』ピプ。ほら、言ってみるピプ。」
ら、ららららぶりー、きゅーてぃー、めたもるふぉーぜ…?なんだそのいかにも女の子が好みそうな言葉を集合させたような合言葉は。それを今から俺が言うのか?28歳の男の俺が…?い…痛い、痛すぎる…!
「無理無理無理!なんだよその可愛すぎる合言葉は!他にもっとないのかよ!いいだろ別に『変身』っていうだけでも!」
「合言葉に代わりなんてないピプ。この合言葉じゃないと変身はできないピプよ。ほら、早く変身するピプ。…それとも、できないって言うピプか?それなら契約破棄ってことで死ぬことになるピプけどぉ。」
「わ、わかったよ!言うよ!言えばいいんだろ!?」
「わかればよろしいピプ。あ、それと、変身した後にはちゃんと決め台詞も言うピプよ。決め台詞は『煌めくスマイル、溢れるキュート、ラブリーハートをあなたにギヴユー!魔法少女キュティプシー』ピプ。」
「はあああ!?そんなくそ恥ずかしい台詞言えるわけねぇだろ!?」
俺はピプの頭を鷲掴み大声を上げた。ピプはどこから取り出したのか、契約書を手に持ち、それを俺に見せるようにしてじとっとした目で俺を見つめてくる。
“1、魔法少女契約後、魔法少女としての仕事を放棄した場合はその場で即死となる。”
と書かれた文を無言で指さして、瞬きもせず俺を真っすぐ捉えて離さない。その目は「言わないってことはこういうことだぞ。」と言っていた。
俺は頬を引きつらせたが、3秒後、諦めるという選択を選んだ。
「あーもう!わかったよ…。言えばいいんだろ!合言葉も、変身後の決め台詞も!!あぁ、いいさ、言ってやるよ!何が魔法少女だ、この野郎!くそ課長からのパワハラと比べたらこんなのどうってことねぇんだよ!」
完全に自暴自棄になっていた。だが、命には変えられない。俺は魔法少女としての役目を果たして、ホワイト企業に再就職するという大きな野望を叶えなければならないのだから。ごくりと唾を飲み込むと、ステッキをもう一度天井へと掲げてから肺いっぱいに空気を吸い込む。
「ラブリー!キューティー!メタモルフォーゼ!!」
まだ若干恥ずかしさは捨てきれていないものの、俺が合言葉を言うと、ステッキはピンクゴールドの強い光を放ち、部屋全体を光で包んだ。
辺り一面ピンクゴールドの世界になったかと思うと、次は俺の体が白く光り始める。これ、まさに魔法少女が変身する時のシーンじゃん!数週間前に残業後、家に帰ってテレビをつけたら偶然深夜アニメがしていて、魔法少女の変身シーンを見た事を思い出した。
本当に魔法少女って白い光に包まれて変身するんだなぁ。なんて感心していると、ピンクゴールドの世界がサァっとひいていく。いつの間にか俺は部屋にいたはずなのに、外にいた。変身したら敵のいる場所へ転送されるというシステムなのか。
「…ってなんじゃこりゃぁあ!!!!???」
俺は変身後の自分の姿を見て驚愕した。ふんわりと広がったピンクのスカート。その裾には白い豪華なフリルがあしらわれていて、腰には大きなリボンがついている。首元にもピンクの大きいリボンがあって、胸元のフリルが鬱陶しい。
全体的に白とピンクを主とした可愛すぎるこのワンピースはロリータと呼ばれる服のジャンルであっているのだろうか。ファッションに関して詳しくはないが、俺が着るべき服じゃないということだけはわかる。もっと他になかったのかよ!?と言いかけたが、今回でこう思うのは3回目。
言ったところで「代わりなんてないピプ。」と言われるのがオチだ。俺が何に対してどれだけギャアギャアと喚こうが、契約破棄と見なすピプ。と言われて結局俺が折れることになるのは目に見えている。だから、言いかけていた山ほどある文句をごくりと飲み込んだ。
「ほら、早く変身後の決め台詞を言うピプ!」
あぁ、そうだった。危ない、契約破棄とみなされて殺されるところだった。俺は小さくごほんっと咳払いをすると少し小さめの声で決め台詞を言った。
「き、きらめくスマイル…溢れる、キュート…ら、らぶりー、はーとをあなたに…ぎ、ぎぶゆー。魔法少女、キュティプシ―。」
駄目だ、やっぱり恥ずかしすぎる。てゆーか、スカートって足がすげぇスース―してなんか落ち着かねぇ。膝上の短い丈のスカートをぎゅっと掴み、下へ引っ張る。いや、こんなことしてる場合じゃなかった。街の平和を守らなくちゃ。
モンスターは…いた!俺より3mくらい高いモンスターが少し先の方で変な雄たけびをあげながら暴れているのが見えた。とりあえずあいつを倒せばいいんだな。なら、ぱぱっと倒して早く帰って寝るぞ。俺は明日も早いんだっての。
ともだちにシェアしよう!