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第11話「僕のこと…見て…」

だが、一つだけ疑問に思うことがある。俺からの攻撃を交わしはするが、ノアは一度も攻撃してくる素振りを見せないのだ。手を抜かれている…?ノアの舐めた態度にムカついた俺は、挑発するような言葉を発した。 「なんだよ、逃げてばっかり。魔王とか言いながら、本当は攻撃する能力は皆無なんじゃねぇの?」 にやりと笑って言えば、ノアは眉をぴくっと動かして反応した。どうやら挑発にのってくれたらしい。 「君がそこまで自分の命を粗末にしたいなら、僕も本気、出させてもらうよ。」 ノアの右手がスッと俺目掛けて伸びてくる。攻撃をしかけることによって生まれる隙がある。俺はそれを待っていた。俺はガラ空きの左側から蹴りを入れようと右足をぶんっと大きく振った。 「っ!?」 が、どうやらノアの方が一枚上手だったらしい。ノア目掛けて蹴りあげた右足は、簡単にノアの手によってがっちりとホールドされ、掴まれた足を利用して、ノアは俺の体をぐいっと自分の方へと引き寄せた。 「使命を果たす為なら、男を落とすことだって容易さ。」 ――だめだ、殺される。   遠くの方でピプが「大我!」と俺の名前を慌てた声で叫ぶのが聞こえた。ぎゅっと目を瞑り、その後に来るであろう衝撃を待つ。 …だが、一向に何も起こらない。俺はゆっくりと固く閉じていた瞼を開ける。目を開けてすぐに飛び込んだもの、それは、ドアップのノアの顔だった。俺は何がどうなっているのかわからず、頭にハテナを浮かべた。すると、ノアの手がするりと、優しく撫でるように俺の頬に触れた。 「僕のこと…見て…。」 まるで催眠術にかけられたかのような気分だ。ノアの低くて甘ったるい妖艶な声が脳内でぐわんぐわんと響いて、言われた通り、ノアの瞳をじっと見つめてしまう。まるで宝石みたいな琥珀色の綺麗な瞳が俺の瞳を捉えて離さない。 それは俺も同じで、目線を反らしたいのに何故か自分の体なのに思う通りに動かせない。これ以上この瞳を見つめていると頭がおかしくなりそうだ。何もされていないのに、はぁはぁ、と呼吸が荒くなり、肩で息をしている。頭がぼーっとしてまるで熱でも出ているかのようだ。 なんだこれ…。まるで残業おまけ付き11連勤した時の気持ち悪さに似ている。   「大我!」 ピプの声ではっと我に返った。ノアが俺から離れると、俺は力が抜けたかのようにその場に倒れそうになったが、ぐっと足に力を入れてなんとかその場に踏ん張った。 「おまえっ…何をしたっ…。」 はぁはぁと荒い息を続けながらキッとノアを睨みつけたが、口角を上げてにやりとノアは笑うだけだった。 「ジュ・スイ・アムルーズ・ド・トワ。」 ノアが何かの呪文を唱え、ぱちんっと指を鳴らした。 「大我…。愛してる。」 俺の顎をクイッと持ち上げ、目を細め笑いながらノアはそう言った。 「あい…し…てる…?」 「そう。僕は大我のこと、愛してる。大我も僕の事、愛してるよね?」 ぼんやりとした頭で考える。愛してるって…なんだっけ?ちゃんと正常に機能していない脳で考えても答えには辿り着かず、むしろ『愛してる』という意味にどんどんもやがかかっていくような感覚になる。 「僕の事、愛してるなら、僕の為に…死ねる、よね?」 ノアの為に、死ぬ?俺が?…なんで?愛してるから?俺がノアを?愛してたら相手の為に死ぬのか?それが普通なのか?ぐるぐると回る思考と視界。何もかもがわからなくなっていく俺に、ノアは俺に剣を握らした。 「僕の為に、死んで。愛しの大我。」 にっこりと優しく微笑むノアの顔は、魔王、というよりはおとぎ話にでてくる王子様みたいに綺麗だった。 「あぁ…そうだな…。ノアの為に…死……ぬわけねぇだろ!!!」 握った剣をぶんっと乱暴に振ると、ノアは急いで俺から距離を取った。まぐれではあるが剣を振った瞬間に、ノアの右腕にダメージを与えることができたらしい。ノアの右腕からドクドクと青い血が流れている。ノアは顔を歪ませ、右腕を抑えながら驚いた声で言った。 「どうしてっ…。僕の能力が効かないだと…!?」 「能力ぅ~?はぁ~?なんだそれ。なんかこの貧血気味みたいになるやつか?言っておくが、俺は毎日フラッフラのボロッボロなんだよ!この程度のしんどさ、社畜の俺にとっては日常茶飯事!しんどくもなんともねぇよ!」 剣を肩に担ぎ、ふんっと威張って見せる。「社畜マウントは何の役にも立たないピプよ~。」とピプが呆れた声で言ったのが聞こえた、無視しておいた。 「つーか、俺男だって言ってんだろ。男に耳元で口説かれるのはさすがにきつすぎだっての。」 耳の奥にノアの低い声がまだ残っていて、体がぞわっとする。ノアの声を振り払うように頭をぶんぶんっと左右に強く振った。 「それじゃあ、反撃開始といきますか。俺の夢の為にも、さっさとくたばりやがれ!!」 剣を構え、ノアの元へ走りながら、剣を振り下ろした。 …はずだったのだが、ノアがまるで虫を追い払うかのような仕草で右手をひらりと動かすと、いつの間にか剣は俺の手の中から消えていた。どこへ行ったんだ!?消えたことは認識できても、すでに脳が体に送った振り下ろす仕草を急遽変更することは難しく、何も持たないまま俺は無を振り下ろした。 ぐるぐると回転しながら宙を舞い、少し離れた場所で剣がぐさりと地面に深く突き刺さるのが視界の端に見えた。 ――こいつ…強すぎだろっ!

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