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第13話「最悪の朝、悪夢のプロポーズ再び」

ピピピピ ピピピピ スマホのアラームが鳴る。 あぁ、もう朝なんて来なくていいのに。重たい体を起こし、不本意ではあるが渋々会社へ行く準備をする。今日は一段と頭が痛い。そりゃそうだ、昨日あんなことがあったんだから。昨夜、ノアと名乗る魔王からプロポーズされた。それどころか、強引に唇を奪われディープキスまでしただなんて…。 相手は男だぞ!?男に襲われただなんて…あぁ、きつすぎる…。 夢であってほしいのだが、一晩明けても耳の奥に残るノアの低い声と、ノアの舌の感覚が俺に夢ではないと言っているようにしか思えない。ノアの舌の感覚を消すかのように、いつもより強い力で歯磨きをすれば、力を入れすぎて歯茎から血が出てしまった。 「おい、大我!ステッキを忘れるなピプ!」 スーツに着替え、使いすぎて俺のように草臥れている鞄を手に玄関へ向かっている途中。自分より大きいステッキを抱えたピプが、短い足で廊下をテトテト歩きながら、俺の後ろを追いかけてきた。 「おっと、忘れてた。悪い悪い、ありがとな。」 腰を曲げ、ステッキをピプから受け取ると鞄の奥底に押し込んだ。腕を組んで、もっと魔法少女としての自覚を・・・と、お決まりの台詞をぶつぶつ唱えるながら去ってくピプ。ピプの小言にももう慣れた。へいへーい。と適当な相槌を打ってから俺は、ドアノブに手をかけて眩しい外の世界へと繋がるドアを開いた。 「やあ。素敵な夢は見れたかい?昨夜は――――」 そして外の世界へと繋がるドアを閉めた。 あ、うん。これは夢だ。悪夢に違いない。とりあえずもう一度ベッドに入って目を閉じて・・・。 「大我!どうしてドアを閉めてしまうんだい?大我、ここを開けてくれないか!話したいことがあるんだ!」 ドンドンドン、と外からドアを叩きながら大声で必死にお願いしてくるノア。ずぅんっと重くて痛む頭に、ドアを叩く音とノアの声が響いてより一層俺をしんどくさせる。 なんだ、この状況は。そもそもなんでノアは俺の家を知っているんだ。いつから家の前にいた?とにかくあんなアニメに出てくるようないかにも魔王って感じのトンチキファッションで俺の家の前に居座り続けるのは勘弁してほしい。一刻も早くお引き取り願いたい。 外の様子を伺うようにしてゆっくりドアを開けると、キィっと小さくドアが鳴った。   「大我!よかった、出てきてくれたんだね。」 目を細めてふわりとやわらかく笑うノア。綺麗な金色の髪と琥珀色の瞳が、太陽の光に照らせて、昨夜初めて会った時より一層きらきらと輝いて見える。 「あの・・・なんで俺の家の前にいるんっすっか・・・。今すぐお引き取り願いたいんですが・・・。」 「あぁ、朝早くから押しかけて申し訳ない。でも、昨夜のこと、どうしても早く謝りたくて。」 眉を八の字にして申し訳なさそうな表情で少し目を伏せるノア。どうやら本当に昨夜のことを反省しているらしい。 はぁっと、小さくため息を吐くと、ドアの隙間から顔を覗かせていた俺は、ちゃんと外の世界に出てノアに向き直した。偉そうに仁王立ちで腕を組んでノアの前に立ったが、ノアの方が8センチ程身長が高いせいで物理的に見下ろされている形になるため、なんだかちょっと不満。 「で?昨日のこと、謝りに来たんだろ?」 「あぁ、本当に申し訳ないと思っている。まさか、僕の能力が効かないだなんて・・・。あんなこと、初めてのことで気が動転しまっていたみたいだ。だから君の気持ちも考えずに僕は・・・本当に最低だ。君が怒ってしまうのも当然だ。」 「お、おぉ・・・。まぁ、その、俺はお前に頭を下げてもらえさえすれば別にそれでいいんだけどさ・・・そんなオーバーにしなくても・・・。」 「駄目だよ!こういうのはちゃんと順序や形式というものがあるだろう?」 興奮気味のノアの顔がぐいっと近づいてきて、俺は思わず後ずさった。ドンッと背中が扉にぶつかる。 なんでこいつはこんなに距離感が近いのだろうか。もう少しパーソナルスペースというものを考えて配慮して欲しい。キラキラ光るノアの瞳を見ながらそう思っていると、視界からノアの顔がスッと消えた。俺は目線を下に落とすと、俺の足元で跪いているノアがこちらを見上げていた。 その格好と笑顔はというと、服装は漆黒に包まれた魔王らしい姿ではあるものの、身に纏うオーラは爽やかで気高く美しく、まさに王子様。きらきらとノアから放たれている煌めきが眩しくて俺は眉間に皺を寄せて目を細めた。ノアは跪いた姿勢のまま、ポケットをごそごそと漁って小さな箱を取り出すと、その小さな箱を大切そうに両手で持って俺に向けて差し出す。差し出された箱を見つめながら、首を右にこてんっと傾げて頭の上にはてなを飛ばした。 「大我、愛してる。僕と結婚してください。」 パカッと開けられた小さな箱。キラキラとお高い光を放つどでかい宝石がついた指輪。俺は驚きのあまり言葉を失いその場に立ちつくした。   は?なにこれ、ドッキリ?なんかそういう作戦?待ってくれ、こいつは昨夜俺に意味わからんプロポーズとディープキスをした件について謝罪しに来たんだよな・・・?それなのに、なんだ、昨夜と同じ発言は。なんだ、俺の目の前にあるお高そうな指輪は。 状況に思考が追いついていけず、頭の中がぐるぐると回って吐きそうだ。フリーズしてぴくりとも動かなくなった俺を心配するかのような声で、ノアが俺の名前を何度も呼ぶのが遠くに聞こえる。隣の部屋の扉がガチャっと開き、部屋から出てきた女性の「えっ?」という困惑した声で、俺ははっと我に返った。 「大我、昨夜は婚約指輪も用意せず先に契約のキスを交わしてしまって申し訳なかった。大我みたいな素敵な人と出会えたのは初めてで、つい君と一緒になりたいという気持ちが高ぶってしまって順番が逆になってしまったことを許して欲しい。でも、僕の君への想いは本物なんだ。本気で君を愛しているんだ。だから――」 「うわああああああ!!!!!!!!!やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」 俺は鞄をぎゅっと両腕で抱きしめて、その場から走って逃げた。後ろでノアが「大我!待ってくれ!」と引き止める声が聞こえたが、俺はその声を無視して、俯いたまま全力疾走で会社へと向かった。   なんだ、なんなんだ!!朝から散々だ。いや、厳密に言うと昨夜からだ!ディープキスはされ、指輪を用意してまでの本気(?)のプロポーズをされ、しかも、そのプロポーズをお隣さんに目撃され・・・最悪だ、最悪すぎる。もうあのマンションに住めれない・・・。 はぁーっと重たいため息を自分のデスクでつけば、頭上から「幸坂クン!!」と課長の怒鳴り声が降ってきた。ああ、俺の人生ってなんだろうな・・・。ズキズキと痛む頭の痛みに耐えながら、俺は今日も課長からのパワハラに耐えるのだった。

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