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第15話「我慢できない」
「大我!!!」
ピプの大きな声に驚いて、ピプの方を向いた瞬間、俺の背後で鼓膜が敗れるほどの爆発音が鳴り響き、ぐぉおお・・・という、モンスターの苦しそうな呻き声がした。
頭だけくるりと回して後ろを振り返れば、あちこちに火の粉があがっている街に、モンスターの肉片が飛び散ってなんともグロテスクな光景が広がっていた。俺、背中から勝手にビームなんて出せたっけ?なんて呑気なことを思っていたら、ぎゅっと包み込むように両手を握られた。
驚いてうっかりステッキを手から離してしまい、ステッキがコンクリートに叩きつけられ、ガチャン、と音を立てた。
「大我!怪我はない?大丈夫かい?怖い思いをさせてしまった、すまない。」
いや、怖い思いって・・・モンスター倒すのは俺の仕事なんだけど・・・。
どうやら、このモンスターを木っ端みじんにしたのはノアらしい。その場から一歩も動かず、あれだけデカイモンスターを1発でこんな無惨な姿にするだなんて・・・。魔王を名乗るだけある。色仕掛け能力だけではなく、戦闘能力の実力も伴っているということか。・・・というか、つまり、ノアが本気で俺を殺しにかかれば俺もあのモンスターと同じように無惨な姿で殺されるということか・・・!?想像しただけで心臓がヒュンッとなる。
「・・・てか、お前・・・あのモンスターってお前の仲間だろ。殺すなんてしていいのかよ・・・。」
「いいんだ、僕は大我が無事であってくれれば。大我さえいれば、僕はそれでいい。それ以外何もいらない。」
繋いだ手から伝わってくるノアの体温が暖かい。誰かの温もりを肌で感じるのはいつぶりだろうか。思い出せないくらい遠くの記憶で、久しぶりに感じた温かさになんだか変な気持ちになる。
「こ~ら~!!この魔性男~!大我から離れるピプ~!大我、油断するなピプ!ノアと絶対目を合わせちゃダメピプよ!」
俺の手を掴むノアの腕にしがみつき、必死にぐいぐいと引っ張って俺からノアを引き剥がそうとするピプ。当然、自分より何倍も大きいノアに勝てるはずもなく、「うるさいな。」と怪訝そうな顔で虫を払うかのように、ぺしっとノアに叩かれれば、「うぎゃっ!」と情けない声をあげて、ピプはアスファルトに尻もちをついた。
慌てて叩き落されたピプを助けるために、ノアの手から離れようと手をひこうとしたが、ノアはそれを許してくれない。俺の手を掴む力はより一層強まり、絶対離さないと言っているみたいだ。ピプ大丈夫か!?と、アスファルトの上で寝そべって、ぐぉー、だの、うぎゃぁー、だの、コミカルに痛がるピプに声をかけると、視界の端で、ノアがむっとした表情をしたのが見えた。
「大我。僕を見て。」
顎を掴まれ、クイッと無理矢理自分の方へと向かす。強引すぎるノアの行動に、合わせちゃダメだとわかっているのに、視界いっぱいにノアの顔が映し出され目を合わせるしかない状況になってしまう。
夜の街の光を反射させてキラキラ光る琥珀色の瞳は、朝見た時の、太陽の光に照らされて光っていた瞳とはまた違う輝きを放っているように見える。ただ、綺麗だということに変わりは無い。別に、ノアのメロメロ能力にかかっているわけではないが、素直に、綺麗だと思った。
「好き。本当に大我のことが好きなんだ。偽りなんかじゃない。こんなにも自分のものにしたいと思ったのは初めてで、これが本当の愛なんだって、大我が教えてくれた。この先ずっと、僕の隣にいてほしいんだ。」
ノアの白くて長い綺麗な指が俺の頬を優しく撫でる。くすぐったくて目を少しだけ細めると、ノアが眉尻を八の字に下げて困った顔をした。くすりと小さく笑うと綺麗なピンク色の唇を微かに動かして、「困ったなぁ・・・。」と呟いた。
「僕には欲がないと思っていたのに・・・。・・・ごめん、我慢できない。大我が欲しいんだ。」
ちゅうっと音をたて、俺はまたノアに唇を奪われた。角度を何度も変えて落とされる、吸い付くようなキス。何かを求めているようなノアのキスは激しく、息をする間も与えてくれない。
時折ノアの口から漏れる吐息音がやけに色っぽくて、んっ・・・というノアの吐息音で頭の中がいっぱいになっていく。激しくて息苦しくて今すぐやめてほしいはずなのに、脳がとろとろに溶けて正しい判断ができなくなっていく。
ダメだ、酸欠のせいで、頭が回らなくなっていく。抵抗しなきゃってわかってるのに・・・。
ぼんやりと白いモヤがかかった脳を必死に動かし、ノアの胸を弱々しい力で押して抵抗の姿勢を見せる。
「や、やだっ、やめろっ・・・。」
「やめない。」
ふいっと顔を背けたが、逃げるのは許さない。というかのように、すぐノアに再び強引に唇を重ねられる。ぬるりとノアの舌が口内に入れば、もう俺の思考は考えることを放棄してしまった。
ノアの胸を押していた手でキュッとノアの服を掴むと、ノアに身を委ねるように瞼を閉じて、されるがままを受け止める。
暗闇の中、遠くでピプが俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが、その声も俺とノアの絡み合う舌の音でどんどん掻き消されて聞こえなくなっていく。クチュクチュと厭らしい音で脳内までノアに支配されていく。
もしかして、俺もノアのメロメロ能力にかかってしまったのか?俺もさっきのモンスターみたいに木っ端微塵にこの後されるのか?嫌だ、少しでも長く生きていたい。キスが終われば殺されるのなら、このキスが終わらないでほしい、と思った。
「ん・・・はぁっ・・・。・・・大我・・・。」
ゆっくりと唇を離し、妖艶な笑顔で微笑むノア。優しい手つきで俺の頭を撫で、うわ言のように「好き、大好き・・・。」と何度も繰り返し囁く。撫でられてる感覚も、繰り返されるノアの甘い言葉も、くすぐったくて俺はぶるりと小さく身震いをした。
「大我。・・・結婚、してください。」
いつの間に取りだしたのか、ノアの手の中には朝見た小さな箱が。箱の中では何度見てもデカすぎる宝石が輝きを放っていた。俺は宝石をまじまじと見て黙りこくった。
わからないのだ、ノアの意図が。俺を殺すチャンスならいくらでもあるのに、何故殺さないんだ。何故俺なんかにプロポーズをするんだ。何かもっと違う作戦があるのだろうか。考えたってわからない。宝石からゆっくりノアの顔に目線を移すと、まだノアの唇の感触が残る唇を動かした。
「・・・それも・・・偽り、なんだろ・・・?」
俺の口から吐き出された声は、自分でも驚くほど弱々しく、震えていて掠れた声だった。ノアは一瞬、大きく目を見開いたかと思うと、目を伏せて黙り込んでしまった。ノア・・・?と、俺が顔を覗き込むようにして名前を呼ぶと、パチッと目が開かれた。
「・・・大河・・・また来るよ。・・・愛してる・・・。」
ノアの体が離れると、触れていた場所に残る熱を誰かに奪われたかのように、一気に冷たくなっていく。黒いマントをばさっと、鳥のように羽ばたかせると、びゅおおっと小さな竜巻が起こり、ノアは消えていった。
「なん・・・なんだよ・・・。」
ぽかんっと口を開け、情けない顔の俺から零れた言葉はそれだけだった。
なんで殺さない?なんで俺にプロポーズする?意図は何なんだ?もやもやと頭の中を渦巻く疑問はたくさんある。でも、その中でも一番気になって忘れられないのは、去る寸前に見せたノアの表情だった。
なんだよ、あの顔。なんであんな悲しそうな、辛そうな顔したんだよ。今にも泣きだしそうな顔しやがって・・・。まるで俺がなんか悪いことしたみたいな感じじゃん。あー、後味悪い。
俺はノアの泣きそうな顔が頭から離れず、コンビニに寄る予定だったことも忘れて、そのまま真っ直ぐ家に帰りすぐにベッドに入った。眠ろうと瞼を閉じても思い出すのはノアの泣きそうな顔で、結局俺は悶々とした夜を過ごし、一睡もできないまま朝がやってきた。
目の下の隈は最高潮にくっきりと黒く刻まれてある。洗面台の前に立ち、ぼーっとする頭を叩き起こすためにばしゃばしゃと冷たい水で顔を洗う。顔を上げると鏡に写る疲れきった自分の顔が一瞬ゾンビに見えてビビった。
こんなくたびれた醜いアラサー独身男のどこがいいんだ。そっと自分の唇に触れてみる。カサついていてノアの唇のように柔らかくない俺の唇。
こんな感触もよくない唇にまるで欲情しているかのように夢中になって何度もキスをするノアはおかしい。異常者だ。やっぱり、絶対何か他の目的があるはずに違いない。
タオルで顔を拭いてから、歯磨きをした。今日は優しめに、歯茎を傷つけない程度の力加減で。口内には、まだ、ノアの舌の感覚が残っていた。
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