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第17話「俺が、悪かった」
細いけどしっかり筋肉のついた体をゆらりと左右に揺らしながらソファーから立ち上がると一歩、一歩と俺に近づきながらノアがボソボソと小さな声で喋る。その声はあまりにも小さすぎて何を言っているのかわからず、俺は何て?と聞き返した。
次の瞬間、ノアに強い力で二の腕を捕まれた。目の前には大きな目をさらに大きく開き、苦しそうに顔を歪ませている必死な表情のノア。
「大我が悪いよ!!なんでわかんないの!?大我は僕の気持ちをひとつもわかっていない!あんなに…ちゃんと伝わるように好きだって言ったのに…。それなのに…それも偽りなんだろうって…。違う、偽りなんかじゃないっ…!本当にっ、本当に僕は大我のことが好きなのに…っ!!」
俺はノアの泣き顔に驚いて頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていた。そのはずなのに、琥珀色の宝石みたいに綺麗な瞳から零れる大粒の涙は、まるでダイヤモンドみたいにキラキラ輝いていて、顔面が綺麗な人から放出されるものはどんなものだって綺麗なんだな、っていうしょうもないことは思い浮かぶんだから、なんて俺は不謹慎なんだ。
そんなしょうもないことを思っている間も、ノアの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていく。それと比例するかのように、ノアの口からはノアの本音がとめどなく溢れ出る。
「どうすれば大我は信じてくれる?こんなに好きなのに、愛しているのに。言葉で伝えても、キスで、指輪で伝えても、大我には1ミリも届かない…。どうしたら僕が本気で好きだって理解してくれるんだいっ?どうすれば…どうすれば好きだって伝わるんだい?教えてくれ…こんなに…こんなに好きなのに…っ!」
綺麗な顔がどんどんぐちゃぐちゃに歪み崩れていく。二の腕を掴む力は加減を知らないかのように強まる一方で、肉が引きちぎれて骨が粉々に砕けるんじゃないかと思うほどの痛みだが、その痛みにさえも気づかないくらい、俺は目の前のノアの泣き顔に何故か目を奪われていた。
泣かせたかったわけじゃない。というか、泣くとは思わなかった。ただ俺は、敵として警戒していただけで、それは当然のことで…。でも、そのせいでノアをここまで傷つけていたのであれば、確かに、悪は俺なのかもしれない。
「あの、さ…その…ごめん…。俺が、悪かった…。」
何が悪かったのか、はっきり理解できているのかと聞かれたら未だちゃんと答えられないが、とにかく申し訳ないという気持ちはあった。俺が謝ると、ノアは二の腕を掴む手を離し、優しく包み込むように俺の両手を握る。相変わらず、ノアの手は温かい。
「ずっとここ数日間考えてたんだ・・・。どうやったら大我にこの気持ちが伝わるかって。そこで、手料理で僕の思いを伝えようと思いついたんだ・・・それで・・・。」
それで俺の家に侵入してパスタを作って俺の帰りを待っていた、ということか。気持ちは嬉しいが、家に帰って誰もいないはずの部屋に誰かいるのは普通に怖いぞ?いや、まあ、数分間まったく気づかず普通に生活していたが…。
怒るにも怒れず、うーん…と唸っていると「それに、食生活もコンビニばかりで偏ってるみたいだし、ちょうどいいかなと思って…。」と痛い所を突かれ、何の反撃も出来なくなっていまう。
気まずい空気が部屋中に流れている。この空気をどうにかしたくて、とりあえず、小さい声で、ノア…と名前を呼んでみた。ちらりとノアの顔を見上げてみると、大粒ではないものの、まだ涙を頬に流しながら、小さく唇を震わして何かを呪文のように繰り返し呟いている。
何を言っているのか、耳を凝らしてみると、小さな声で「好き…好きなんだ…大我…大我…。」と涙で滲んでどこを見ているのか、何を映しているのかわからない瞳でただひたすらそう繰り返していたのだ。
正直に言おう。若干引いた。恐怖さえも感じた。
でも、ようやく俺は、ノアの言葉は嘘ではない。本気で言っているのだとノアの必死な様子から理解した。俺の手を包み込んでいるノアの手からするりと手を引いて離れる。ノアは、離れていく俺の手を慌てて掴み直そうとしたが、間に合わずスカッと空振り、空気を掴んだ。
俺はソファーに座り、ノアが作ったスープトマトパスタに手を伸ばした。フォークでパスタを器用にくるくると巻き取ると、それを口へ運ぶ。部屋は静まり返ったままで、フォークが皿にあたる音がやけにうるさく感じた。
「…んっ!!うんっま!!」
パスタを口に入れると、口内にほどよい酸味が広がる。空っぽだった胃に普通じゃ食さないようなおしゃれでおいしい食べ物が投下され、体全身が喜び、脳がもっと食べろ!と俺の手と口に命令を下す。パスタを口に運び、咀嚼する度にうまい、うまいと呟きながら食べていると、突然ノアが無言で俺をぎゅうっと抱きしめた。
「うおっ!?お前、危ないだろ、今食ってる途中なんだから喉に詰まったらどうすんだよっ!」
「ははっ、ごめん。でも、嬉しくてっ…!」
ふにゃりと頬の筋肉を緩ませて笑うノア。
「別に、お前を喜ばせるために食ったんじゃねぇよ。俺は腹が減ってたんだ。」
「うん、わかってる。それでも嬉しいんだ。」
あっそ、とそっけない返事を返せば抱きついたままのノアを無視してパスタを食べ進める。そう、別にノアのためなんかじゃない。
これはあくまで、謝罪の意味を込めた行動だ。ただ、俺が悪いままの状況に納得がいかないだけだ。食べ終わると、ローテーブルに綺麗に完食した皿を置き、向かい合うのは恥ずかしかった為、そっぽを向いたままノアに話しかける。
「その…お前の気持ちは…ちゃんとわかった、から…。…その、お、俺のことが…す、す…好きって、やつ。」
自分で言っていて恥ずかしすぎて言葉が詰まってしまう。
好きだなんて、よくこんな恥ずかしい言葉をノアは何度も何度も、スラスラと言えたもんだ。言い慣れているからなのか?それとも、それほど俺のことが好きということなのか…?いやいや、流石にそれは自惚れすぎか。
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