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第18話「契約のキス」

ノアが俺の事を好きだということを理解したところで、だから何だって話ではあるんだが。 とりあえず、俺がノアの気持ちを理解してやれてなかったからノアは傷ついたのなら、俺が理解したとわかれば、ノアが泣くことはもうないだろう。あの悲しそうな顔を見なくてすむ。これで一件落着。 「僕の気持ち、大我に届いたみたいで嬉しいよ。…それじゃあ、これからは2人で一緒に愛を育もうね、マイハニー。」 ちゅっと左頬に唇を押し当てられる。唇が頬に触れたのは一瞬のことなのに、時間が経つにつれて、触れた箇所がだんだんと熱を持ち、唇の感触がくっきりと浮き上がっていく感覚がする。   …んぇ?ドユコトデスカ…?   熱を帯びていく頬にそっと触れ、ノアの言った言葉をゆっくり咀嚼し理解しようとする。 「……はああああああ!!??だぁーーーれがマイハニーじゃぁ!ゴラ゛ァ゛!!!!!ぐぬぬっ…やーめーろー!!引っ付いてこようとすんなぁーーー!!!!」 俺の腰に手を回し、強引に自分の方に引き寄せようとするノアの胸板を押し返して必死に抵抗する。さっきまでのしょぼくれた姿はどこ行ったんだ。突然息を吹き返したように元の自信満々、強引俺様魔王様スタイルになりやがって! 「ちょっとは俺の話を聞けっつの!あのなぁ!俺はお前の気持ちを理解したって言っただけであって、お前と結婚だのなんだの、パートナーになるつもりはさらさらないからな!!」 ビシッと指をさして言い切り、腕を組み頑固たる態度を見せる。 「大我…何を言っているんだい?僕と大我はもう契約のキスを交わしたじゃないか。それも2回も。」 契約のキスぅ~~~~???はぁ~~~~~~?なんだそれぇ~~???? 身に覚えのないキスを勝手に交わしたことになっていて、俺は顔をしかめる。 「もしかして、覚えてないと言うのかい?」 「あぁ、覚えてねぇな。」 胸を張り威張った口調でそういえば、やれやれ…と呆れた顔をされた。なんだよ、お前が勝手に妄想で記憶を書き換えてるだけの癖に。唇を前に突き出し尖らして、むっとした表情をすれば、ノアは俺の顔を見てくすりと笑った。何笑ってんだよ、ムカつくな。 「大我、ちょっと口開けてみて。」 「んえ?口ぃ~?」 半分疑いつつはあるが、開けろ、開けないの押し問答をするのも面倒なため、言われるがまま、あっと口を2cmほど開けた。すると、ノアの舌が慣れた様子で俺の口内に侵入してきた。俺は慌ててノアの肩を押し返す。 「んんんっ!!!っはぁ…ばっか!やめっ…ノアっ!んぅっやめっ……やめろっつってんだろーがあーーー!!!!」 ノアの頭目掛けてチョップを繰り出せば、ノアは俺の体から離れ、チョップされた場所を両手で抑えて痛がる。俺は悪くない、これは絶対お前が悪いぞ、ノア。自業自得ってやつだ。 「お前なぁ!初めてあった時からそうだが、俺の気持ちも考えず会う度強引にキスしやがって!!しかも舌を入れてくるだなんて…頭おかしすぎるだろ!!」 「だって…無理矢理の契約だったとしても、それでもいいからどうしても大我が欲しかったんだ。」 「なんだよ、そのさっきからお前が言ってる契約ってやつは。まじで知らねぇんだよ。」 残りのビールを一気に飲み干して、缶をぐしゃっと片手で潰す。 疲れが溜まっているせいか、缶ビール1本しか飲んでないのになんだか少し酔った気がする。最初に空腹にビールを流し込んだのも原因か。くるりとノアの方を向けば、ゆらゆら揺れて見える世界の中で、ノアがべぇっと綺麗な赤色をした長い舌を出して、指さしていた。 なんだ?アカンベーか?俺の事をおちょくってるのか?アルコールのせいで少し気が強くなった俺は、眉間に皺を寄せて「あぁ?なんだよ?」とメンチを切った。 「ディープキス、しただろう?僕の星では、ディープキスは結婚の契約を交わす儀式になっているんだ。どんな理由があろうと、それをしたら結婚するという法律になっている。もちろん、それを破ってしまえばそれなりの罰則が与えられることになっているよ。そうだな、この星で言う婚約届みたいなものだと思ってくれたらわかりやすいかな。」 待ってくれ…それじゃあ、俺は婚約届を知らずのうちに書いていて、知らずのうちに市役所に提出されていた、ということなのか?つまりはそういうこと、だよな…?え、じゃあもう、俺とこいつは夫婦ってことなのか?新婚?え?まじで?こいつと俺がぁ!?……いやいやいや!!!まさか!そんな!!ジョークだ、きっと。うん、魔王ジョーク的な?絶対そうだ、そうじゃないと……だって、だって…… 「そんなの……詐欺じゃねぇかよ!!!」 ドンッとローテーブルの上に片足を置くと、振動でお皿がガチャンッと音を立てた。 「うーん、確かに、詐欺といえば詐欺になってしまうね。」 「そうだろ!つーか、無理矢理しても結婚成立ってお前の星はどういう法律になってんだよ!んなことが許されたらやりたい放題じゃねぇか!」 「そこは大丈夫さ。契約を交わすにはプロポーズをして婚約指輪を受け取ってもらわないと、契約を交わせないことになっているんだ。婚約指輪を受け取ってもらっていないのに強引に契約を交わしたら犯罪になるからね。」 なるほど…そこはちゃんとしたルールが考えられているのか。…ん?ということは…。 「じゃあ…お前、犯罪者じゃん…?」 ごくりと唾を飲み込む。ノアはにっこりと笑った。普通に笑っているんだろうが、犯罪者だと思うと突然その笑顔が怖く見える。笑顔を崩さないまま「そうだね、犯罪者だね。」なんて、他人事のように言うのが余計に怖いんだが。 「でも、僕のことは裁けないよ。だって、この星にそんな法律はないだろう?」 「でも、お前の星で裁かれるだろ。」 「うーん、残念だけど他の星の人と無理矢理契約を交わしてはいけないっていう法律はないんだよね。ほら、この星だって、国によって法律が違うだろう?国外に逃げてしまえば裁くことが出来ない。それと同じさ。」 「なんだよそれ、屁理屈じゃねぇかよ。」 「そうかもしれないね。でも、そういう抜け道を利用するのも上手く生きる為の方法だと思わないかい?それに、そこまでしてでも君を欲しいと思ったんだ。」 顎を捕まれ、いわゆる顎クイというものをされる。俺はその手をベシッと躊躇なく叩き落とした。 「それなら俺はお前の星の住民じゃないからそのディープキスをしたら結婚っていう法律には従わなくていいってことだな。そういうことになるだろ?」 ふふんっとしたり顔で言えば、ノアは明後日の方向を見て少し困った顔で「んー、そうくるかぁ…。」と呟いた。 これ以上この話が続けば、いつもの様に強引俺様魔王様のノアのペースに持っていかれ、あらよあらよで本当に結婚成立になり兼ねない。俺はこの場から逃げるように、食べ終わった皿と握りつぶした缶を持って、ソファーから立ち上がりキッチンへと向かう。 だが、ノアは俺を逃がすつもりは1ミリもないようだ。俺の後ろにぴったりくっついて着いてくる。まるでご主人の帰りを待ち焦がれていた大型犬みたいだ。

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